「うつ」−自分にうそがつけない人たち

カウンセリング三昧の日々、徒然

こぶとり爺さん−その3

さて、前々回の予告どおり、『こぶとり爺さん』に出てくる「隣の爺さん」について書くことにする。

実は、この物語が最初に私の目を引いたのは、「隣の爺さん」のくだり、つまり物語の結末部分が、何とも不可解であったためだった。

『こぶとり爺さん』は、学術的な分類によれば、「隣の爺譚(となりのじいたん)」という種類に属する。
代表的なものとしては、『こぶとり爺さん』の他に、『花咲か爺さん』や『舌切り雀』(この場合婆さんだが)などがあげられる。
いずれも、主人公は何かの行為に対して恵みを受けるのに対し、後から出てくる老人は、似て非なるひどいやり方をしてしまったために、悲惨な目にあうというものだ。

「隣の爺譚」は、朝鮮半島の民話にも多少存在するが、比率としては圧倒的に日本に多い種類の話であり、ヨーロッパにはほとんど存在しない。

悪玉が悲惨な目に合い、はじめは虐げられていた善玉がやがて報われるというモチーフは、世界の民話に共通するテーマなのだが、たいていは、はじめに悪玉がまず失敗し、最後に善玉が成功するというパターンが多く、これらは「隣の爺譚」として数えられないのである。

「隣の爺譚」の中でも『こぶとり爺さん』が他の話とまったく違う点は、一見、主人公は別に善いことを行なったわけではなく、また、隣の爺さんも悪いことをしたわけではないのに、結末は他の話と同様という点である。
私にとって不可解というのは、この点だった。

『こぶとり爺さん』−その1について、ある方が、
「隣の爺さんは、こぶのあることが恥ずかしくて人目ばかり気にし、あげくこぶのとれた主人公が羨ましくて、踊れもしないのに鬼の前で踊ってこぶが二つになってしまった。自分はむしろ、そういう隣の爺さんに自分を重ねてしまう。」
といった趣旨のコメントを下さった。

この方の気持ちは理解できる。
ある程度同じことを感じたからこそ、私はこの物語を分析の対象に選んだのだから。

ちなみに、この物語を最初に取り上げた頃の私はまだうつの最中だったのだが、失礼を承知で申し上げるならば、当時の私同様、このコメントを下さった方も、やはりうつ状態にある人特有の傾向の持ち主であることが分かる。

なぜならば、うつの人の場合、自分のことを低く見すぎるばかりでなく、他人のことを高く評価しすぎる傾向があるからである。
もちろん、それら二つの傾向は、同じ体験様式と体験の中身による、表裏一体の反応であると言える。

深く傷つき、悩み抜き、それでも必死の思いで鬼の前に飛び出して行ったという「隣の爺さん」の内面は、物語の中では一切語られていない。
なのに、当時の私やコメントを下さった方がそう考えたのは、「自分がその立場だったら絶対そうなる」という考えに基づく、深読みといわざるを得ないのである。

これが、子どもに語られるおとぎ話であることを思えば、「隣の爺さん」のそういった内面のプロセスについて何も語られていないのであれば、そういうプロセスは何もなかったことが前提となっている物語だととらえるべきなのだ。

うつになる人の、物事の筋をとらえる能力や感性の豊かさは、本来かなり高度である場合が多い。
しかもその能力を評価するには、評価する側にも同様な感性が必要であるために、滅多に評価されることはない。「実はすごいのに、目立ちにくい」性質なのだ。
それどころか、ここで書き続けているように、その能力は「理屈っぽさ」や「頑固さ」として、非難されてしまうことのほうが多いくらいなのである。

うつ性格の人にとっては、「こんなこと、少し考えれば誰にでも分かる当たり前のこと」と思えることが、ほとんどの人に通じない、という体験が無数にある。

その場合、通じなかった相手は、馴れ合いのお決まりルールや、責任回避的発想で判断し、深い考慮など何もしていなかっただけなのに、うつ性格の人の方は、通じないことがあまりにショックであるために、「私には、まだ考えの及ばないところがあるのではないか」などの疑念に半分取りつかれ、自分のほうが矛盾の責任を引き受けてしまうのである。

ひとつには、少数派の方が折れておくのが一番穏便な方法だから、という理由もある。

感情の豊かな人は、場に荒々しい感情が立ってしまうことを嫌う傾向がある。
だから、例えば誰かからたちの悪い皮肉を言われた場合にでも、はじめはできるだけ善意に解釈しようとするが、どうにも解釈しきれなくなって、次第に腹が立ったり泣けてきたりする。
つまり、かなり時間がたってから腹が立ったり、悲しくなってくることが多いのである。

それは、決しておっとりしているからでも、鈍感さのゆえでもない。
角の立つ雰囲気を、できるだけ避けたがっているからなのである。

このブログには、かなり厳しい表現が多いと思うが、私はもともと好戦的な人間ではない。

信じられないという人もいるかもしれないが、死を見つめつつ、うつを乗り越えていくプロセスで、不当なこと、歪んだことを、あくまでも排除する覚悟と姿勢を身につけた結果である。

うつから社会復帰した人の場合、常に再発の不安を抱えねばならないことが多いのだが、私の場合は、その心配はしていない。
降りかかる不当という火の粉は、命がけでも振り払う決意を翻すつもりはないからだ。
そして、もはや自分がいるべき場所ではないと判断すれば、何をどうしてでもそこを立ち去る決意があるからである。

これは逃げではない。むしろ大切なことから逃げないために、である。

話は違うが、光市母子殺人事件の被害者の夫である本村さんの態度には、感服させられた。
私が同じ立場であれば、まったく同じ態度を取るであろう。

相手が心神耗弱状態であろうが喪失状態であろうが、また精神病であろうが、それは関係ない。
百歩譲って、加害者が何らかの意味で不幸であったとしても、それはそちらの問題であって、被害者が不当な行為の犠牲にならねばならない理由にはならない。
加害者は、自らの不幸をも背負い、死を受け入れざるを得ないのだ。
私にとってこのことは、当たり前すぎて議論の対象にすらならない。


だいぶ横道にそれてしまったようだ。
話を戻そう。

長くなるので細かい説明は避けるが、主人公の爺さんが雨に降り込められ、木のうろの中で動けなくなったのは、うつの発症(顕在化といってもよい)になぞらえることができる。
だとすると、「隣の爺さん」は、うつ発症という大きな決心を迫られる機会も、「鬼に食われようとも、もう自分に嘘をつくのはやめだ」という覚悟も経なかったことになるのだ。

主人公と隣の爺さんの命運を分けたのは、言うなれば踊りの上手・下手ということになるわけだが、これは一般的な意味での上手・下手と解釈するべきではない。

鬼(妖怪)とは、異界、すなわち心理学的に言えば無意識の世界に棲む住人である。
そして、主人公が常識(表層意識における決まり事)よりも、自らの衝動(無意識からのメッセージ)に従う覚悟を決めたということは、もうすでに異界や鬼を朋輩としたも同様だったのである。

鬼どもが褒め称えたのは、普通の意味での踊りの上手さではなく、異形のものどもを朋輩として受け入れた、爺さんの心ばえ・勇気だったのだ。



またまた長くなってしまった。
まだほんの少し解釈は残っているのだが、やはり次回ということにしたい。




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「うつ」の基本型とバリエーション

前回、『こぶとり爺さん』分析の最後、「隣の爺さん」について書くと予告したが、多くのうつのかたのブログを読んでいて、ぜひ早いうちに書いておきたいことが出てきたので、1回だけ別の話題にしたい。

ただ、今回も、少しばかり難しい話しになってしまうのだが、お許しいただきたい。



今回書きたいのは、このブログのタイトル、「うつ−自分にうそがつけない人たち」とは、現在増加している、抑うつをともなった精神疾患の人すべてについて言えることなのかどうか、ということである。

結論から言えば、「自分の気持ちや考えに、どうしてもうそがつけない」というのは、基本的に単極型のうつ、つまり、四六時中、無気力感と劣等感、また不安や不眠と闘わねばならない、いわばもっとも典型的なうつの人に特徴的な性格である。

細かく言えば、過敏性大腸炎や、たびたび微熱を発するなどの身体症状をともなうものも、含めることができると思う。

私はカウンセラーなので、もちろん会っているのはうつの方ばかりではない。
では、なぜこのブログのテーマを「うつ」にしぼったのかというと、私自身が単極型のうつを経験したから、というばかりではない。

現在増加している、社会の歪みの影響を受けたさまざまな症状のうち、単極型のうつが、もっとも基本的で代表的なタイプだと考えているからである。

まだ、系統立てて症状を分類しているわけではないので、まだまだ穴のある考えではあるが、たとえば過食(過食嘔吐を含む)やパニック障害をともなうものなどは、ある程度単極型のうつに近い病理を持つように思う。

それと比べて、双極型の感情障害(躁うつ病)は、大なり小なり自己愛性(ナルチシズム)をともない、超絶な能力を発揮する人も多く、ほぼ例外なく劣等感をともなう単極型のうつとはかなり違った病理を持っている。

躁うつ病の場合は、躁状態にある時、自分の感情をスッパリと置き去りにすることができるのである。
つまり、感情と、思考や行動との間に、ある程度深い亀裂(乖離)が存在するのだ。

で、躁状態の時に突っ走れるだけ突っ走るが、「これ以上の無理はヤバイ」と脳から(身体から?)ブレーキの指令が出るや、それまで切り離していた自らの感情に追いつかれ、うつに入っていくというパターンとなる。

自らの負の感情から解放される爽快感は空を飛ぶごとくであり、太陽に近づきすぎて翼に塗った蝋がとけ、海に落下してしまったギリシャ神話のイカロスの話は、まさに躁うつ病の状況を写し取ったかのような物語である。

過食やパニック障害の場合、基本的にはうつ的なのだが、劣等感や無気力感といったうつの病理をそういった形で症状化し、吐き出すことで、多少なりとも自我のバランスを保とうとしている反応、と言える。
実際、毎日過食嘔吐を繰り返しながらも、何とか社会に適応している人は少なくない。

これらの場合、症状化する段階でやはりある程度の乖離は生じているが、躁うつ病に比べて、乖離の度合いははるかに小さい。
これらが単極型のうつに近いと私が考えるのは、そういう理由である。

単極型のうつの人にとっては、割り切って仕事ができる、つまり乖離できるということは、ほとんど憧れですらあるのだが、どうしてもそれができない。
つまり、「自分にうそがつけない」ということになり、加えて、場の歪みの影響をもろに食らってしまうことにもなるのだ。



ところで、人格障害に関しては、やや事情が複雑であるといわざるを得ない。

というのは、人格障害の場合、基本的に社会性の障害、つまり人間関係の中でどのような問題を引き起こすかが鑑別の基準となっているため、このような内的な病理による類型化がむずかしいのである。

ただ、パニック障害であっても不安障害であっても、当然周囲との間に何らかの問題がともなう場合は多いので、あやまって人格障害と判断されてしまっているケースは多いように思う。

実際、他の機関で境界性人格障害と判断された人で、継続面接してもその兆候がまったく見えないまま、うつやパニックの症状が改善し、円満に終結していった人は少なくない。

たとえば、不安障害の人などは、相談者が何を考えているか分からない場合など、ますます不安が掻き立てられるために、相談者に電話をかけまくったり、予約時間外に押しかけるなど、しばしば境界性人格障害と見まがうような行動に走ることがある。

たとえば、心理テストを行なった後に、かなりの情報を得たにもかかわらず、カウンセラーがほんの少ししか内容を話さなかった場合や、一向に自分の考えを話さない面接が続いた場合などに、このような事態に陥ることがあるのだ。

クライアントは馬鹿ではない。

隠されていることがあればたいてい分かるし、第一、心理テストの結果などは、クライアント本人にかかわることなのに、他人である相談者しか知らない内容がたくさんあるなど、明らかに非人道的だと言いたくなる。

しかし、恐ろしいことに、このやり方は意外と一般的なのである。

私の場合は、全部話す。(めったにテストはしないのだが)
できるだけ詳しく、ここから先はこれこれの理由で分からない、と言えるところまで話す。
でなきゃ、おかしいからだ。
話せないくらいなら、最初からテストなどするべきではない。

現代人に共通する不安の理由の一つとして、周囲に「何を考えているのか分からない、得体の知れない人」が増えた、ということがあげられる。
このことは、昔と今のご近所づきあいの変化を考えれば、容易にお分かりいただけると思う。
日本人の数10パーセントが、隣人の職業すら分からない集合住宅に住んでいるのだ。

なのに、カウンセラーが未知というベールに身を包み、得体の知れない人になって、いったいどうしたいのだ!と言いたい。
まあ、自分を大きく見せたいのだろうと思うが……

突然怒りのスイッチが入って、横道にそれてしまった。

ともあれ、人格障害についてはまだはっきり書くことはできなかったものの、私が単極性のうつを現代人の代表的な症状と考える理由は、ある程度お分かりいただけるのではないだろうか。



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こぶとり爺さん−その2

前回からの続き


さて、昔話『こぶとり爺さん』は、どういった点でうつ克服のプロセスに似ているのか。
なるべく学術的な言葉や解釈は避け、うつという症状の実情に引き寄せつつ、物語を見ていきたいと思う。

まず爺さんは、こぶがあったからにせよ、自らの姿を醜いと思い込み、できるだけ人目を避ける生活をしている。

もうこれだけでも、周囲の圧力から「自分はおかしい」と思い込まされ、強い劣等感にとらわれているうつの人の実情を、比喩的に思わせるものがある。

しかし、さらに話を分かりやすくするために、あえて、ちょっと無茶な仮定をしてみよう。
「もしも、爺さんには、本当はこぶなどなかったとしたら……」という仮定である。
だとすれば、それはもう完全に、認知に歪みがあると言わざるを得ない。

醜形恐怖という症状がある。
自分の身体の一部が、異常な形をしていると思い込む症状だ。

たとえば、「目と目の間、鼻筋のところが凹んでいるので、恥ずかしくて人前に出られない」といった訴えだったりするのだが、実際に会ってみると、まず容貌に異常なところは見受けられない。

ただ、本人の指摘する部分をよく見ると、言われてみれば、確かに少しはそうなのかもしれないが……といった程度の特徴はある。
つまり、特に鼻の高い人が、「私の鼻は低い」と訴えることは、まずないといってよい。

先ほどの仮定は、「もしも爺さんが、醜形恐怖だったとしたら……」と言い換えることができるわけだが、だとすれば、爺さんの頬は、左よりも右の方が少しふっくらしているといった、個性の範囲におさまる程度の特徴はあったと言えるだろう。

うつの人の劣等感の多くは、「自分は理屈っぽすぎる」「精神的に弱い」あるいは「頑固だ」といった、目には見えない性格にまつわるものなので、もともと主観に左右されやすい。
だから、醜形恐怖ほど妄想的でないのは確かだが、もともと短所ではない自分の個性を、短所だと思い込んでいる(思い込まされている)点で、やはり広い意味での自己認知の歪みがおきているには違いない。


ところで、この物語では、二種類の狂気が表現されている。

一つは、今あげた極端すぎる劣等感、自己評価の歪みという、一種の潜在的な狂気である。
そしてもう一つは、恐ろしい鬼(妖怪)どもの輪の中に飛び出して、我を忘れて乱舞する、「陶酔」という名の狂気である。

「狂う」という言葉は、何かが壊れたり、ずれたり、歪んだり、とにかく本来の正常な状態ではなくなってしまうことだ。
『こぶとり爺さん』の最初の状態、極端な劣等感・認知の歪みは、これに相当する。

一方、「くるう」という言葉を語源的にみると、かならずしも異常性とは関係はなく、人間がくるくると回ったときにおきる、酩酊感や陶酔感からきているようなのである。
こちらのほうは、まさに鬼の輪の中で踊り狂っている爺さんの狂気そのものだ。

ちなみに、近年流行したトランスと呼ばれる音楽は、ある種の陶酔感を引き起こすが、それは、純粋な意味での陶酔ではない。
音質的には平板かつ機械的でありながらド派手なシンセサイザーの音を、あえて等間隔・小刻みなリズムで脳に叩きつけてくるような、あの音楽である。

確かに陶酔に近いことは近いのだが、方法論としては、むしろ感覚を麻痺させることを目的とした手法の音楽だといえる。

反対に、たとえば一部の民族儀礼や民族音楽のもたらす陶酔は、この上ない高揚感・万能感をともないつつも、むしろ感覚や意識は極限まで明晰となった状態であることが多いと言われる。

「トランス」という音楽と、このタイプの民族儀礼・音楽の違いは、前者が現実逃避的であるのに対して、後者は、「やるべきことをやっている」という自覚と、「やりたいことを存分にやっている」という感情が、同時に存在する状態にある点なのだ。
このような心の状態を、自己一致という。

主人公の爺さんの踊りは、決して、破れかぶれの現実逃避からやったことではない。
「鬼に食われてもかまわない」と、これから起こるかもしれない最悪の状態をもすべて受け止め、覚悟を定めた上での行動である。

言いかえるなら、爺さんが最後に選んだ態度とは、「たとえどうなろうと、自分にうそをつくのは、もうやめだ」ということなのであり、それはとりもなおさず、この上もなく理想的な自己一致の状態だったのである。

このブログのタイトルは、「うつ−自分にうそがつけない人たち」である。
しかし、「うつ」をもっと正確に言うならば、「本来は自分にうそがつけないのに、周りの圧力から、つかざるをえない状態にあった人たち」であり、そのために身体が緊急停止してしまった人たちなのである。

性格的に「自分にうそがつけない」ことと、「もう、自分にうそはつかない」と決心した態度との間には、はっきりとした次元の違いがある。

雨に降り込められ、小さな木のうろの中で身動きできなかった爺さんのごとく、八方ふさがりとなってしまったうつの人たちにとって、進むことのできる道はどこにあるのか。

どの道「うそがつけない」のならば、「もう、うそはつかない」と決心するより他ない場合が多いはずだと、私は思う。

ただ、こればかりは、第三者がとやかく言える次元の問題ではない。
カウンセラーにできるのは、「あなたは今、こういう分岐点に立っておられます」と伝えるところまでだ。

また、こぶとり爺さんの場合、大変な危機的状況に見舞われ、葛藤し、決心を迫られたからこそ、ある一つの選択肢を選ぶことができたと言える。
そのような局面が迫ってきてくれないことには、決心もしようがない。

そのような局面に出会わず、葛藤も覚悟もせずに、鬼の前に飛び出してしまったのが、隣の爺さんだ、とも言える。

前に、私がうつを乗り越えることができたのは、とどのつまり運がよかったのだと書いたが、それは、私がそのような局面に運よく出会えたのと、たまたまこういう性格だったという意味である。


あまりに複雑な分析になるため、続きを書こうかどうしようか迷ったのだが、ここまで書いたら、「隣の爺さん」のくだりに触れないわけにはいかない。

というわけで、次回は「隣の爺さん」についてです。

こういう話に興味のない方、申し訳ありません。




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こぶとり爺さん−その1

私は、昔話の『こぶとり爺さん』という話が大好きである。

ユング派系の心理学者(ユング派分析家の資格を持っていない人を含めて)は、人の人生や、睡眠時の夢において生じてくる、さまざまな出来事・事物を象徴的にとらえる感覚を養うなどの目的で、よくおとぎ話を心理学的に分析する。

一人の人間が書いた物語や、一言一句違わずに伝承される神話に比べ、おとぎ話は無数の語り手の自由な裁量によって変化させられつつ、数百年、あるいは数千年にわたって語り伝えられた歴史を持つものばかりである。

だから、時代を越えた普遍的な人間心理を運ぶ、理想的なパッケージのようなものでもあるわけだ。

当然、私も昔話を分析する機会が多かったのだが、私の場合、この『こぶとり爺さん』に完全にはまってしまった。
分析していけばいくほど、この物語は、うつの人がそれを乗り越えていくプロセス、というよりも、おこがましいようだが、私自身がたどったプロセスともかぶってくるのである。




右の頬に大きなこぶのある爺さんが、その醜い姿を恥じ、人目につかない山中の一軒家に妻と隠れ住むが、ある日、焚き木をとりに山に入ったところ、雨が降ってきてしまう。
仕方なく木のうろ(空洞)で雨宿りするが、あたりはにわかに暗くなり、なぜか夜になってしまう。

心細さに身を縮ませていたところ、なにやら楽しげな歌や手拍子が、木のすぐ横手から聞こえてくる。
そろりと外を覗いてみると、なんと一つ目の大入道や目無し・口無しなど、異形の鬼ども(今でいう妖怪たち)が輪になって、酒盛りを始めているではないか。

はじめは恐ろしさのあまり気を失わんばかりだったが、さて怖さに慣れてくると、鬼どもの手拍子や歌のあまりの調子よさに、爺さん、踊りだしたくてうずうずしてくる。

“そんなことをすれば食われてしまう……、いや……しかし踊りたい。”
理性と衝動は葛藤するが、爺さん、とうとう我慢できなくなって、
「もう食われたってかまうものか!」
と、鬼どもの輪の真ん中に飛び出して舞い踊る。

伸び上がったり屈んだり、そこいら中をくるくる駆け回る爺さんの舞いっぷりの、見事なこと見事なこと。
はじめは鬼どものほうがびっくりするが、しまいには全員がやんやの大喝采。

やがて鬼どもの頭領が、
「また何とも見事な舞だわい! この次の酒盛りにも必ず来るように、お前が大事そうに顔にくっつけとるそのこぶを、このわしが預かっといてやるわい。」
と、爺さんの頬にぶら下がっていたこぶを、ひねり取ってしまった。

こぶを引きちぎられたと思ったが、痛みもなければ、あと形すら残ってはいない。
爺さんは大喜びした。

この爺さんの家の隣には、同じように左の頬にこぶのある爺さんが、やはり人里から隠れ住んでいたが、この話を聞いた隣の爺さん、「わしもこぶを取ってもらおう」と、ひとり山に入っていった。

はじめの爺さんが言ってた木のうろを見つけ、中に隠れていると、果たして辺りはたちまち闇に包まれ、鬼どもの歌と手拍子が聞こえてきた。

「今だ」とばかりに、輪の中に飛び出した隣の爺さん、踊り始めたものの、形ばかり真似たものだから、ギックシャックしゃっちょこばってばかりで、不格好この上ない。

イライラし出した鬼の頭領は、
「この前はあんなにうまかったのに、今度の舞のひどさはいったい何だ!
預かったこぶは返してやるから、もう二度と来るな!」
と、持ってたこぶを顔に投げつけた。こぶは隣の爺さんの右の頬にくっつき、爺さんのこぶは二つになってしまった。


長くなったが、こういう物語である。

この物語の最大のクライマックスは、普通に考えるならば、主人公の爺さんが鬼どもの目の前で舞い踊るところ、ということになるであろうが、私にとっては違っていた。

爺さんが「もう、鬼に食われたってかまうものか!」と、自らの心に従う決心、覚悟を定めたその瞬間なのである。
それは同時に、命がけで常識の壁をぶち抜いた瞬間でもあった。

このブログでも、「うつを乗り越えるためには、勇気をもって、周囲の言葉に耳を貸さなくなる必要がある」と述べた。

それは、こういうことなのである。

周囲の常識よりも、自分の衝動や感覚の方により大切な意味があると信じること。
いや、この爺さんの場合、信じる信じないといったことすら無関係だった。
たとえ結果がどうなろうとも、自分の深い欲求に従わずにおれなかったのだ。


予想はしていたが、案の定、長くなりそうだ。

続きは次回ということにしたい。



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昨日の記事の影響

昨夜は、かなり寝つきが悪かった。

たぶん原因は、すべてではないにしろ、自分の症歴をブログにアップしたことだと思う。

面接室の中でのことだとしても、カウンセラーが自分の病歴をクライアントに語るというのは、かなり型破りだと言える。
ましてや、不特定多数の人が閲覧するブログで、自らの名を明かした上で(HPにリンクしているという意味)それを書いているのだから、我ながらしんどくて当たり前だと思う。

しかしこれは、私自身の中の手続きとして、どうしてもやっておかなくてはならないことだった。

一つには、私がこのブログで述べていることは、絵空事でもなければ、うつの人々に対する単なる慰めでもないということを、はっきりと証明する必要があったから。
それに、どういった状態を経て、どうやってそれを乗り越えたのか、それを書いておかないことには、私のこれまでの言葉がどこから来ていて、何を意味しているのか、はっきりとは伝わらないはずだからだ。

私には、決して露出の趣味があるわけではない。
うつになったほどの人間である。本当を言えば、ひっそりと人々にまぎれていたい気持ちの方が強い。

しかし、私はこのブログを、まさに真剣勝負の場だと考えている。

繰り返し述べてきたように、たいていの場合において、「歪んでいるのはうつの人自身ではなく、それを取り巻く周囲である」と私は考えている。
そしてそのことは、うつの人が自覚するべきであるばかりでなく、何よりも世間が知るべきことだと、本当に考えているのである。

真剣に、マジで、世間に知らしめたい。

微力であることは重々承知だ。
しかし、何もしないでいて「無力です」とは言いたくない。

微力であるならその微力を使い切らないことには、職業人としても一個人としても、後悔するに違いないと思うのだ。
どえらい大変な時期を経て、せっかく拾ったこの命である。
後悔だけはしたくない。

「われ、事において後悔せず」と書き残した宮本武蔵を、本物の人物だと思う私なのである。

ただ、ドン引きを覚悟で書いた昨日の記事だったが、拍手の数が、一日分としては過去最高の20(合計)を示したのは意外だった。
今のところ、書いた甲斐はあったと考えていいのか……




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自分自身のこと−その2

前回から続く


分析が始まった時点で、当然ながら私は職場を去ることを視野に入れていた。

だとすれば、次に何をすればいいのか……

もはや30に達していた私がそれを考えるためには、すでに自分が、人よりも明らかにたくさん持っているものを考える必要があった。
私が持っていたもの、それは、家族との深い確執や、思春期以来まともに人と目を合わせて話すことができないほどの強い対人恐怖を通じて、もがきながらも死にもの狂いで考え抜いた、哲学的思考の蓄積でしかなかった。

人と視線を合わせられないことは、約20年、ほぼごまかしきった。
これも、思い出したくないほどしんどかった。

哲学的思考の蓄積をもってできる仕事……
結論としては、カウンセラー以外に思い浮かばなかった。

こんなにも苦しんでいる自分が、同じように苦しんでいる人の体験や心の内を聞き、共に考えていく……
一見、まったくの逆説だった。
が、私にとっては、それにかけるしかなかった。

でなければ、死ぬしかなかった。

私は、カウンセラーでありながら、「とにもかくにも自殺はだめだ」という立場には、どうしても立てない。
「もしもだめだったら、いつだって死ねばいい。後のことなど知らない」
という考えがあったからこそ、重要な決断に迷いを持たなくてすんだのだし、そのいくつかの決断の結果、私は人生の意味を取り戻し、深い悩みとうつから脱することができたのだ。

「死ぬ自由」は、私にとって最後の切り札だったのである。

もともと、人からかなり深い相談を受けることが多く、そういった相談に乗っている時だけは対人恐怖の感覚がなくなっていたことも、カウンセラーになるという発想の一因ではあった。

しかし、少なくとも、私は好んで「カウンセラーになりたい」と思ったことは、一度としてなかったことを告白する。

数回の面接の後、私は「カウンセラーになるしかないのではないか」という漠然とした考えを、分析家に話した。
彼女は、何の躊躇もなく賛同してくれた。
カウンセラーに向いていると、すでに判断してくれていたようだった。

急に話が現実的になりかけたので、私の方がかえってあわててしまい、「でも、大学院にいかなきゃならないでしょう?」と問いかけたが、彼女はそれに対しても、こともなげに「行けるでしょう」と答えた。

少し話ははしょる。

それからも、越えなければならないハードルはいくつかあったが、とにもかくにもその1年半後、何とか神戸にある大学の大学院に入ることができ、まずは実習という形で、今にいたる私のセラピストとしての生活が始まったのである。

私が自分の当時の状態を、「うつ病」とはっきり表現できないのは、ひどい不眠症を抱え、ヒイヒイ言いつつも、何とか社会生活はできていたからである。

大学院の受験勉強も、ワンルームマンションにほとんど籠もりきりで、1日の大部分の時間を費やしていたし、カウンセラーとしての仕事が始まってからも、1〜2度のミスを除いては、クライアントとの約束の時間にだけは間に合っていた。

正直、職場的には遅刻の常連だったが……。

それができたのは、それらがすべて、私にとって明確な意味を持っていたからである。
とくに、うつの方々(もちろん摂食障害やパニック障害などをともなう方を含めて)と会うことは、私自身にとってもかけがえのない体験だった。

彼らの人間としての真っ直ぐさや、反対にその周囲の歪みが客観的に見えてくることは、私のそれまでの人生をも肯定されることと同義だったからである。

これは、他の多くの「うつ」の方にも、ある程度当てはまることだといえる。
うつの人々は、「仕事」ができなくなったのではない。
「生理的に受け入れられない仕事」ができなくなったのである。


むしろ、うつの人には、自分や相手にとってきちんと意味のある仕事に対しては、まったく身惜しみせずに働く人が多いくらいなのだ。

専門的な知識のある人のために断っておくと、かつての私の不眠症は、躁状態をともなってのものではない。
四六時中ただただだるい、典型的な単極性のうつ症状である。

ただ、すでに、いまだ小さくともはっきりと、生きる意味を感じはじめていたので、周囲からはうつに見えなかったに違いない。
「時間にだらしない遅刻魔」だったのではないかと思う。

ちなみに、嫌な顔はされるにしても、遅刻くらいでクビにならないのは、専門職の特権だったと言える。

大学院を終了して3年目のこと、ある大きなできごとが私を襲ったが、それを乗り越えた瞬間、永遠に続くかと思われた曇り空が晴れ渡るように、心の中に光が溢れてくるような感覚を覚えた。

その日を境に、不眠は消失した。
もちろんそれは、完全にうつから脱したことをも意味していた。
しかも、まだある程度残っていた対人恐怖まで、片鱗すらなくなっているのが分かった。

うつ発症から、ぴったり10年目のことだった。




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自分自身のこと

これまでの記事で、かつて私自身がうつを経験したと書いた。

私が「うつ」あるいは「うつ状態」とは表現したが、なぜ「うつ病」とは表現しなかったか、その理由について少しだけ書いておこうと思う。

私は、以前にしていた仕事と人間関係、それに家族関係の中で(この3つは絡み合っていて、分けられないのだが)、かなり厳しい危機的状況(まぎれもなく修羅場だった)に陥り、強い不眠状態に陥った。
もちろん、仕事をこなすことはほとんど不可能となった。

結局この不眠は、それから10年間続くことになるのだが、ひどいときには3日連続で一睡もできず、何とか1晩だけ眠れたら、またそれから3日間一睡もせず、といったことも少なくなかった。

からだは四六時中だるいのだが、夜ばかりでなく、たとえば昼間電車に乗っていても、居眠りの気配すらこない。
さすがに何日も寝ないと、落ちるように睡魔が襲ってくることもあったが、5分ほどでギクッ!として目が覚める。
「あかん! もうちょっとで眠るところだった」と思っている自分がいる。
すぐに、「寝たらええやんけ……」と、一人でつっこんでいた。

周りに理解者は一人として存在しない状況の中、自分は間違っていないはずだということを確認するためには、自らが思考し続けていなくてはならなかったのかもしれない。

不眠のひどさの程度は、緩やかな波はあったものの、10年間ほぼ変わらなかったと思う。

人間、眠らなくても死なないものだな、ということを、身をもって知った。

発症から約半年後、私は京大の心理教育相談室を訪れ、自分のおかれている状況を話し、ユング派の分析家の紹介を願い出た。

昨年亡くなった、河合隼雄氏の本は当時時々読んでいたが、氏の『心理療法序説』という本に出会ったことが、決心のきっかけだった。
実を言うと、その時点ですでに、自分はカウンセラーになるのではないか、というよりも、カウンセラーになるしかないのではないかという、直観のようなものはあった。

京大の相談室で対応してくださったのは、当時心理臨床研究科の主任教授(科名・役職名ともに、正式名称は覚えていない)であるY先生だった。

後から分かったことだが、いきなり相談室を訪ねて分析家を紹介してくれと言っても、普通は応じてくれない。
「まずは、当相談室でカウンセリングを受けられたらどうか」となったはずだ。

しかし、どういうわけか(よっぽど迫力があったのか)、Y先生は、それ以上多くは尋ねることなく、数人の関西で活動しているユング派分析家(当時はまだ日本で13人しかいなかった)の連絡先を教えてくださった。

その中の一人に、分析を受け始めた。
当時のユング派分析家の中では、紅一点の女性分析家だった。

次回に続く



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愛情って

以前、クライアントの方から、「先生は愛情という言葉を、どういった意味で使っておられるのですか?」と質問された。
考えてみれば、この年齢までカウンセラーという仕事をしているのに、「愛情」の意味をはっきり言葉にしたことは、一度もなかったな、と気づいた。

「ちょっと、お時間いただけますか?」とことわり、数十秒、自分の中に答えをさがした。

そして、「相手が幸せになったり、嬉しいと思ったときに、自分も本当に嬉しいと感じる、そういった相手への感情。その意味で使っています」と答えた。
「感情」という言葉を、特に強調した。

その方は大きくうなずき、「よく分かりました」と納得された。

このことは小さいようだが、愛情の意味をはっきり言葉にしたことは、私にとっても大切なプロセスだったように思う。

以前の記事、「親孝行という倫理観の重圧」でも書いたが、うつの方は、ほとんど例外なく両親のどちらか、あるいは両方との間に深い確執をかかえ、その確執は劣等感をともなうコンプレックスを形成している。

ある方からのコメントで、「親は、愛情もどきを押しつけてきます」と書かれていたが、愛情の意味を言葉にしていたことで、そのコメントの意味がより深く理解できたように感じる。

愛情に似て非なるものは、家の中だけでも嫌というほどたくさんありうる。

たとえば、親が子に、一緒に暮らすことを強要すること。
「将来のためだ」と、詰めこみ勉強や身体の鍛錬、しつけを押しつけること。
家族みんなでの食事を、無理やりさせること。等々。

確かにこれらは、「愛情の押しつけ」ですらない。
見た目ばかり、いかにも愛情があるかのような欺瞞、つまり「愛情もどき」の押しつけである。

では、こういった感情をともなわない、見た目ばかりの愛情もどきによる家族関係とは、どんな価値観にもとづいて演じられるのだろうか。

まずもって言えることは、古典的なお仕着せの倫理観といえるだろう。

たとえば、
子はみな親を敬い、事あるごとに親の元に集う。
長男は家業を継ぎ、妻子ともども年老いた親とともに暮らす。
子宝に恵まれ、土地や家を、欠けることなく次の代に相続させる。

また、
他人をいたわり、困ったときには助けてやる。
集団の和を乱さない。
目上を立てる。

こういったことが、過剰に美徳とされる倫理観ではないだろうか。

こういった倫理観では、自分を大事にすることや、親が子にかけるべき愛情の中身の大切さについては、完全に欠落してしまっている。

親は絶対的な立場に置かれ、どんな親でも親というだけで敬わなければならないことになり、親が子どもに対してやってきたことは不問に付されてしまう。
また、集団のもつ歪みも、目上の理不尽な行動も、誰からも指摘されることはない。

自分の正当性を主張したり、自分をいたわったりすること、そして、どんな歪みのある集団に対してでもそれを指摘することは、中身に関係なく利己主義あるいは悪とみなされてしまう。

つまり、既成の集団の中で、どれほど不当に甘い汁を吸おうが、集団そのものをこわさない限り容認されるが、一方、集団の論理をゆるがす言動は、どれほどその言動が正当であろうが拒絶され、それでもやめなければ抹殺されてしまうのだ。

以前の記事でも触れたことだが、こういった倫理観が、日本のあらゆる階層に対して徹底的に教育され法にまで反映したのは、たかだか350年ほど前、徳川三代将軍家光のころからにすぎない。

また、その根幹にあった儒教思想自体、中国で興り発展するすべての過程において、為政者の政治的な目的と表裏一体だった。
つまり、儒教思想とは、東アジアの絶対君主が、封建体制を強化するためにたびたびもちいた、民衆の「洗脳」の道具だったのであり、普遍的な真理でもなんでもない。

これは、ほとんどすべての日本人の背景にひそむ一種の「プログラム」である。
そのため、「愛情もどき」を演じる親の理不尽さは、他人からはなかなか見抜かれない。
「どんなひどい親かと思ったら、普通やん」となる。
その他人にも、同じようにプログラミングされているからだ。

ある人は、「いっそ、虐待してほしかった。ひどさが、誰の目にもはっきり分かるから」とまで言い切った。

他人どころか、本人にも分からないことがほとんどである。
この倫理観に逆らうと、きっちり罪悪感がはたらくようにできている、そういった「プログラム」だからだ。

一つ一つのエピソードに即して、「愛情」と「愛情もどき」とをきちんと見分けていくことが、カウンセリングにおいて重要な要素であることは言うまでもない。



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