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2017-03

子どもの心のでこぼこについて① - 2008.05.31 Sat

HP上でPDFファイルで紹介している文ですが、現代の社会や子どもたちに対する私の考え方を紹介する意味で、『子どもの心のでこぼこについて―心理教育相談の現場から』というエッセイを、少し手を加えて、何回かに分けて載せることにします。
(雑誌『子どもの文化』2004 年11 月号掲載)


子どもの心のでこぼこについて


道路舗装の体験


私は仕事がら、不登校や引きこもりなどの子どもたちとお会いすることが多く、カウンセラーという立場から、子どもについていろいろ考えさせられることが多いのですが、まずはあえて、私自身の子どもの頃のある体験からお話ししたいと思います。

その体験というのは、私と同世代の人にとってはとりたてて珍しいことではなく、「地面がなくなっちゃった」体験、つまり道路舗装の体験です。
ただ、自分自身の内面的な体験を中心にお話ししていきますので、かなり主観的な内容になることをお許しいただきたいと思います。

私は大阪市浪速区、まあ大阪の中でも、とくに大阪っぽいんじゃないかと思われるノリの、下町の出身です。今では想像もつきませんが、大阪のど真ん中といっても、私が小さかった30~40 年前頃は、幹線道路をのぞくほとんどの道路はまだ土のままでした。

ところが、私が小学校3 年(1970 年)頃だったと思うのですが、ある日学校から帰ってくると、家の前の地面が一面灰色の砂利で固められていました。
私には一体何が起こったのかさっぱり分かりませんでしたが、さらに数日後、また学校から帰ると、私の家の前の道は、鏡のようにまっ平らで無機質で、それでいておぞましいほどに青黒いアスファルトという蓋によって、とうとう完全に閉じ込められていたのです。

私はその光景に茫然とし、母親だったかおばあさんだったかに、「道路はいつ元にもどるん?」と尋ねずにいられませんでした。しかし答えは「そんなん、もうずっとあのままや」という素っ気ないものでした。

その瞬間私の中に最初に湧いてきた言葉は、「何で僕らにも前もって相談してくれなかったんやろう」という、誰に向ければいいのか分からない、強い怒りと悲しみを含んだ疑問だったことを覚えています。
その喪失感は、30 年以上たった今でもほとんど目減りしないほど強いものでした。

私の家は木材加工の町工場だったので、おが屑や木っ端、釘や金槌などの室内遊び道具にこと欠かなかったことは、せめてもの救いだったかもしれませんが、もうビー玉遊びも、棒1 本・小石1 個で地面に絵を描くことも、家の前ではできなくなりました。

道端に生えた雑草の根っこの下で、蟻たちがどのように活動しているかを、日がな一日観察することもできなくなりました。
私にとって蟻の巣の観察は、まさに土の下に存在する異世界の探索でした。
土の道の片隅には、季節によって異なる雑草が生えたり、枯れたりします。また穴を掘れば穴があき、土を寄せれば山ができ、と、無数の表情があるばかりでなく、こちらの働きかけをきちんと受け止めて変化してくれます。それでいて、一日雨が降れば、その生々しい跡形は人間が物事を忘れてしまうように見えなくなります。

だから私にとって土の地面とは、自分の存在や感情を受け止め、映し返してくれるばかりでなく、近所の仲間と共有できる、代わるもののない愛着の対象だったのです。
ですから、学校帰り、ただ足元の小石や草や水溜りのアメンボにちょっかいを出すだけの道草すら、私は楽しくて仕方ありませんでした。

私の経験から見るかぎり、アスファルトの道路はこの役割をまったく果たしませんでした。舗装道路だと、サッカーやキャッチボールなど、外向的な遊びは前よりもやりやすくなりましたが、私のような内向的な子どもにとっては、道路舗装は痛手以外の何ものでもありませんでした。

やがて表面的には、みな舗装道路に慣れてしまったように見えましたが、それと反比例するように、大半の子どもはあまり外では遊ばなくなりました。少し離れた公園まで行けば土の地面はありましたが、子どもにとっての心理的テリトリーはそれほど広くありません。それに、「ここは遊ぶ場所」と他人に決められた場所で無心に遊べるのは、ごく幼い頃だけです。

自我の芽生えに伴って、子どもは自分で遊ぶ場所や遊び方を選ぶようになります。例えば、少し大きくなった子どもは、公園でも塀やフェンスや街灯といった本来遊具でないものを遊び場にし、大人には到底考えつかない遊びを始めます。

そもそも「遊び」という言葉には、「自由である」という意味がすでに含まれており、他人に決められた物・場所で、決められたように遊ぶというのは、本来の意味での「遊び」とはいえないのではないかと思います。

家庭用ゲーム機の普及について、私は必ずしも反対ではありませんが、決められたプログラムの中に狂ったようにのめりこむ子どもたちの姿には、やはりある痛々しさを感じさせられます。
いくらのめりこんでも、他の何ものもとって代わることのできない「自分」というものを、決して映し返してくれないので、いつまでたってもそこから離れられないという現象が起きているように見えるからです。

以前、ある自治体が運営する「子ども家庭センター」にセラピストとして勤務していたころ、砂場に作られた山を見て、「ああこれは○○ちゃんの作った山だ」と分かることが時々ありました。
子どもの作るものには、その子の個性が、思ったよりも色濃く反映するものなのです。
ところが、他者によって作られたゲームのプログラムなどは、素材としてその機能をほとんど持たないのです。

今から思えば道路舗装というできごとは、少なくとも私にとっては、故郷を失ったといってもよいほどの体験だったように感じています。

それから1~2 年後、私は不登校にこそなりはしませんでしたが(当時、不登校の小学生は皆無でした)、学校にいても家でご飯を食べていても、理由もなくただ涙が出てきて仕方ないという抑うつ症状に、2 週間ほど悩まされました。
心の深い場所が傷ついた場合、それが症状として現れるにはある程度の期間が必要なのです。

たしかに、あらゆる道路の徹底したアスファルト舗装は、車社会という新しい社会への変化を加速させ、飛躍的な経済効果をもたらして、1960~70 年代の高度経済成長に力を与えたことは間違いありません。

アスファルトというのは原油を最初に加工する段階でできる沈殿物、つまり石油の搾りカスです。
石油製品を大量生産し、石油から生成された燃料で人や物を運び、一方道路は走りやすいようにその搾りカスで固める。なんというムダのない仕組みでしょうか。しかも、住民にとっても、雑草を抜いたり玄関の土を掃き出す手間もなくなりました。

こういった仕組みにとっては、土のでこぼこ道など、ムダ以外の何ものでもありません。しかし、こういった一見ムダなものを排除する仕組みが、いかに人間にとって大切なものを物心両面から破壊してしまったか、はかりしれないものがあります。

土中の微生物や昆虫の生態系も壊されましたが、私自身の体験からも分かるように、子どもの本能的で自然な心、内面の世界までも、相当深いレベルで破壊してしまったのではないかと思うのです。

子どもの心のでこぼこについて② - 2008.06.01 Sun

心のでこぼこ


昨今よく指摘されるように、キレやすい子どもたちが増えている、つまり、多くの子どもたちの感情表現が、衝動的・爆発的で単調になってきたことは、やはりどうやら事実のようです。
私はこのことを、人間の本能や情念といった形で表現される心的エネルギー、すなわちリビドーを受け止めるべき「心のヒダ」「心のでこぼこ」が、極端に少なくなってしまった結果ではないかと考えています。

もう少し正確にいえば、それは、とくに感情を中心とした心の構造の複雑さ、多様さということですが、人間の情緒の豊かさは、人間や動物・物との豊かな関係や、きちんとした別れの経験(暴力的な剥奪ではなく!)によって育まれます。
イメージとしては、「ヒダ」や「でこぼこ」のない心とは、水がサーッと流れていってしまうガラス板のようなものですが、リビドーを受け止めることのできる感情豊かな心とは、水を吸収したりためておくことのできる、スポンジのようなものだといえるでしょう。

また、言うまでもなく、私の言う心の「ヒダ」や「でこぼこ」は、単にリビドーの流れを緩やかにさせるためだけのものではありません。
それは本来、リビドーという本能的エネルギーを、文化的な行動や言葉を通じての自己表現、あるいは夢や希望や思考といった内面的な活動へと、変換させるための機能のことなのです。

この「でこぼこ」が多いか少ないかという対比は、土の道と舗装道路の違いと実によく似ていますが、実は、明治時代以前・以後の河川においても、まさにこのイメージと同じような変化が起きていました。

武田信玄の治水に代表される日本の伝統的河川工法は、「河川の洪水は、山や森の豊かな養分を、耕地にもたらす恵みである」、という前提のもとに考えられていたので、わざわざ堤防のあちこちに低くなった部分が作られました。
つまりそれは、耕地への洪水の取り込み口です。
また、それは同時に、大雨の後の大きな川のエネルギーが、家々を破壊しないための水の逃げ口でもありました。

またさらには、増水しても川の流れが緩やかであるように、川の護岸や川底には聖牛(せいぎゅう)や出(だし)とよばれるさまざまな障害物、つまり「でこぼこ」も設けられました。
こういった日本古来の治水の考え方は、川を陸地から遮断する現在の治水の発想とはまったく異なっており、「減勢治水」とよばれます。

それらの障害物は、同時に、魚をはじめとする水中生物の巣となるばかりでなく、川を中心とする動植物の生態系全体を育み、その恵みを人間にも与えてくれました。

明治政府により、海外から最初に招かれた河川土木技師の一人、オランダ人デレーケは、長い年月を費やして日本各地の河川をつぶさに調査し、その特性を見極めて、河床傾斜の急な日本の河川には、日本古来の河川工法がもっとも適しているとの結論を出しました。
しかし、当時の明治政府にとっての至上課題は、殖産興業・富国強兵であったため、かえって彼は明治政府から排除されることとなり、代わりに別のイギリス人技師が登用されました。
そして結果的には、今日の日本の河川工事の基となるような工法で、日本の一級河川の姿は一変させられてしまったのです。

当時、軍事産業を中心とする重工業の発展のためには、河川を運河として活用する必要があり、そのためには、真っ直ぐで深い川が必要だったからです。

現在の河川工法では、陸地と水、あるいは上流と下流を、コンクリートの護岸やダムによって、「でこぼこ」のない線できっぱりと分けます。
洪水はできるだけ起きないほうがいいという発想から、山から流れてきた水は人間が100 パーセントコントロールし、排水の運搬や飲料水としての用が済めば、一刻も早く海に流し込んでしまう目的のためです。

しかし、こういった力ずくの治水法は、深刻な自然破壊をもたらすばかりでなく、その存続のために莫大な国費を投じ続けなければなりません。長野県で最初にあがった「脱ダム宣言」の発想は、こういう川特有の弊害から始まっています。

河川工法の変化が、直接子どもたちの心に与えた影響は、大きくはないかもしれません。しかし、その変化のあり方がどこか似ているというのは、決して偶然ではありません。
つまりこれらは、見た目がムダ・厄介に見えるものはすべて排除してしまうという、近代以降の風潮が生み出した二つの姿なのです。

私には、映画『千と千尋の神隠し』において、主人公の千尋が二人の川の主を近代社会の負の遺産から救い出し、代わりに、自らの人生に対する責任から逃げず、真に自分として生きる決意と姿勢を手に入れたことは、きわめて深い象徴性を含んでいるように感じられました。

参考文献:
 『日本の伝統的河川工法』 富野 章 著  信山社サイテック
 『水と緑と土』 富山和子 著  中公新書

子どもの心のでこぼこについて③ - 2008.06.02 Mon

カウンセリングでできること・できないこと


ところで、今日、カウンセラーという職業は日増しに社会に認知されつつあり、同時にカウンセラーを志望する若者の数も、少子化の流れに逆行して、いまだ増加の一途をたどっています。

しかし、なぜ人々は、カウンセラーにこれほどまでに大きな社会的役割を期待し、また、自らもその仕事をしたいと考えるようになったのでしょうか。

もちろん、臨床心理学や深層心理学が、一般の人には分からない人間の心の深みを説明するものとして、あまりに過大評価されているせいもあると思います。
しかし、社会的背景の視点から見れば、何よりもまず、日本の大部分の地域において、小さな地域社会―いわゆるご近所づきあいが、実質的には崩壊してしまったため、その機能に代わるものが必要とされた結果だと、私は考えています。

近所づきあいがいい形で機能している場合、子育てはそれぞれの家庭の親だけがするものではなく、ご近所全体が行なうものとなります。
そして、子育てを助けてくれる人がいる分、子育てに対する親のプレッシャーも、うんと小さくなります。

例えば、毎日ことさらに頼まなくとも、向かいのおばあちゃんが子どもの面倒を見ていてくれたり、また、たいてい子どもたちは集団で遊んだので、グループ内の年長の子どもらは、小さな子を、その親から預かっているという責任感を持っていました。
つまり、子育てに対する責任の意識が、いい形で分散していることが多かったのです。

これは、実は子どもの側からも大切なことで、大人の監視や管理から外れた場所で、自分たちだけで何とかやっていくことに喜びが生まれ、集団への適応能力、あるいは集団を治める能力の成長がスムーズに行なわれます。

またこのことは、地域社会が子どもたちの心の生育に役立っていたばかりでなく、子どもや年寄りの存在がご近所をつなぎ、縁の下の力持ちになっていたことをも意味します。

ただただいたわられて、誰もが気分のよくなるものではありません。誰かに役割を期待され、それに応えることで、はじめて安心してこの世に身を置けるのがむしろ普通です。

お年寄りや子どもだって、例外ではありません。

とにかく、たった一組の親が子育ての全責任を負うというのは、とてつもなく難しい、というよりも、ほとんど不可能と言わねばなりません。
児童虐待を非人道的と非難し、その親や児童相談所を責めたてるばかりでなく、虐待が増加せざるをえない現代の社会状況を自覚し、改善する道に、一刻も早く私たちはふみ出さねばなりません。

私の生まれた街では、道路がアスファルトで固められて以来、子どもたちがあまり外で遊ばなくなり、またそれに連れて、近所の神社のお祭りがどこか白けたものとなりました。
また、細い路地の奥にあった、私たち近所の子どもしか知らない、またそれだけにかけがえのない子どもの社交場であった小さな駄菓子屋さんが、ひっそりと廃業しました。

それらは、まぎれもなく小地域社会の崩壊を意味していました。

現代特有の社会問題がいくつも絡み合っているので、私の街に起こった、そしておそらくは全国いたるところで起きたであろうこのような現象を、すべて道路舗装のせいにしていいとは思いません。
しかし、地面の共有によって結ばれた子どもやお年寄りのつながりが、地域社会の大きな基礎、あるいはつなぎになっていたことは、間違いないと思います。
そのような条件の下では、子どももお年よりも決してムダに存在するものではないのです。

気持ちの断絶してしまった親子がカウンセリングに訪れた場合、カウンセラーは、どうしてもお互いが正面から向き合うことを促す場合が多いのですが、そのやり方が適していないと感じる場合も少なくありません。
「親子が真正面から向き合う」というのは、いかにも明快な言葉ですが、実際にはそれらはあまりにも困難なことであり、向き合わなくてすむならば、向き合わない方が幸せな場合も多々あるからです。

親子ばかりではなく、自分自身と向き合うことすら、決して安易に勧められる道ではありません。それは、ある意味特殊な、非常に厳しい自分自身との関係のあり方で、生きた地域社会はそうせずともやっていける道を、人々に与えていました。

言いかえるならば、実質的に崩れてしまった地域社会に対して、その役割をカウンセラーと呼ばれる人々・カウンセリングという方法が、すべて取って代わるなどということは、現実的にありえません。
もし、カウンセラーに充分な力量があったとしても、カウンセリングという方法が効果的に適用できるのは、実際には、かなり限られた状況や性格の持ち主に対してだけなのです。

子どもの心のでこぼこについて④ - 2008.06.03 Tue

「将来」のためではなく……


さて、述べてきましたように、子どもたちは、実はきわめて大きな社会的役割を果たしていたわけですが、目に見えて何か有用なものを作り出しているわけではありません。そのため、その働きは非常にわかりにくいものです。
私は、今日ほとんどの子どもたちが、受験という過酷で非人間的な競争へと追い込まれざるを得ないのは、子どもが何の社会貢献も果たしていないという誤解からくる部分は、大きいと思っています。
なぜなら、今現在、何の役にも立っていないならば、ただひたすら「将来」のためだけに、何かをさせるしかなくなるからです。

「将来のために」という言葉は、子どもに対する、日常生活にいたるまでの管理と、単調な記憶・つめ込み勉強の強要、楽しみごとの剥奪といった、心という次元から見れば虐待そのものともいえる大人の行為を正当化します。
また同時に、実は世間体のよさや将来の経済的安定といった親の願望を、美談とすりかえてしまいます。
そしてその反面、子どもたちの「今この時」の大切さに対しては、ますます目を閉ざさせます。

子どもは決して、「将来」しかもたない存在ではありません。
また「遊ぶ」ということは、子どもにとって生きる意味そのものですらあるのです。

不慮の事故によって子どもを失った母親が、
「こんなことになるのがわかっていたら、あれもこれも、もっとやりたいようにさせてあげればよかった。」
と話し、自らを責めさいなむ姿はあまりに悲痛で、かけるべき言葉も見つかりません。
事実、「将来」そのものを失ったその子にとっては、ただ辛抱・我慢ばかりの人生だったということになるのですから。

さらに、私の臨床経験から見ても、本来の意味での豊かな「将来」とは、「今この時」に本来するべきこと(というより心底したいと感じること)を存分にやった先にこそ、存在するものです。

ここまで、子どもという存在を中心に話してきましたが、よく考えていただけば、すべての話が、実は大人にも当てはまるものであるということが、お分かりになると思います。

地域社会の支えがなくなって、子育ての不安や孤独感にさいなまれ、ただただ老後という「将来」のために、正直な感情を押し殺して、ひたすら蓄財と健康に腐心するだけの虚しさを抱えねばならないということは、大人にとっても大きな問題です。

今日たくさん報告される児童・乳幼児虐待とは、社会に潜在する、大きな虚無感という氷山の一角です。
それは、大人の中にも住んでいる子どもの心、自然にあるがままの正直な心を否定し、抑圧する傾向が、もっともあからさまな形で具現したものにほかなりません。

言いかえるならば、それは素直な感情の否定であり、感情の否定とは、生きる意味を失うということと同じなのです。

ただ、一部の人間がいくら「子どもの心を大切にしよう」と訴えても、社会全体からいかほども反応があるとは思えません。今日、子どもたちがさらされている過酷な状況も、逆らいようのない歴史の結果、ある種の必然であるには違いないからです。
それよりも、まずは道がアスファルトで覆われていない街づくりを考えてみるほうが、むしろ実は効果的なのではないかと、私は真面目に夢想します。

昭和のご近所づきあい - 2008.10.05 Sun

1990年代頃から、カウンセラーを志望する若者が急激に増加した。

おそらく、もっとも大きなきっかけは、1995年1月の阪神淡路大震災だったのではないだろうか。
被災者の人々がこうむった心の傷に対して、初めて「こころのケア」という言葉が用いられ、臨床心理士なる人たちの存在と活動が、メディアでも大きくクローズアップされたのである。

また、その同じ月、東京では、オウム真理教によって、地下鉄サリン事件が引き起こされ、さらにその2年後には、神戸で、少年「酒鬼薔薇聖斗」による猟奇的な児童殺傷事件が起きるが、メディアはそのたびに臨床心理士の活動に言及し、その社会的存在感を高めるのに拍車をかけたように思う。

だが、これらの天災や事件ばかりが、カウンセラーという職業に対する世の関心を集めさせたとは言うことはできないだろう。
これらの出来事は、確かに未曾有のことではあったが、大きな天災や世を震撼させる事件は、それまでにも数限りなく起きていたからだ。
この時代だからこそ、カウンセラーという職業人が役割を期待されたという、もっと根本的で本質的な理由があったはずである。

では、それは何なのか。

まず、それまで社会的に一定の役割を果たしていた、何らかの社会的機能が損なわれたために、その代わりとしてカウンセラーという職業がクローズアップされた、と考えるのが順当だ。

カウンセラーよりも古く、カウンセラーのような役割を果たしていた人々……
これはいろいろ考えられる。

占い師、学校の先生、お寺の和尚さん、飲み屋のおかみ、喫茶店のマスター、会社の上司、近所のご隠居さん、近所の世話好きのおばちゃん……などなど。

このうち、学校の先生や会社の上司、占い師や飲み屋の店主などは、そう大きく基本的な役割は変わっていないとして、お寺の和尚さん・ご隠居さん・近所のおばちゃんなどは、たとえば昭和の頃と今とを比較するならば、かなり社会的な立場が変わってしまったと考えていいように思う。
つまり、地域の人々の相談役としては、果たす役割がかなり小さくなったのではないかと思うのである。

では、これらの人々が、かつてはカウンセラーの役割を果たしていた、と言うと、「我々の専門性を見くびってはいけない」と怒り出すカウンセラーもいるかもしれない。
いや、「カウンセリングは、単なる人生相談などとは違うのだ」と言うカウンセラーは、実際に少なからずいる。

私は、人生の先輩であるこういった人々の、人の世の機微をわきまえたアドバイスは、何の見立ても自分の考えも明らかにせず、「ただ聞く」というスタンスに身を隠し、安全な場所から一歩も出ようとしないカウンセラーの、いわゆる集中的な心理療法よりも、はるかに意味のある場合が少なくなかったはずだと考えている。

さらに言うならば、相談する者とされる者は、長きにわたる顔見知りであるため、多くを語らずとも、お互い細かい性格や背景までが知れてしまっている間柄である。
重大なことを相談する時点で、すでに相手にかなりの信頼もおいていることになる。

だが、私がここで言いたいことは、かつての地域の相談役だったこういう人々と、現代のカウンセラーとの相談能力の比較ではない。

彼らを含む地域社会、つまり、かつてはごく当たり前に行なわれていた「ご近所づきあい」の世界においては、そもそも、ほとんどカウンセリングの必要性すら生じなかったのではないか、と言いたいのである。

私がこのように感じるのは、とくにうつや人格障害の人の、歪んだ家族関係を見てきたことなどによる。

たとえば、親の言うことは、たとえどれだけ独善的な内容であっても、家の中ではあまりに絶対的に見えてしまう。
具体的に言うと、たとえば、子どもは正当な主張をしているにもかかわらず、「そんな屁理屈こねるのは、あんただけや」と、大人である親に言われてしまうと、そのように思い込まざるを得ない、といったことである。

「ご近所づきあい」、とくに下町でのそれは、まずもって互いがオープンであることが前提だったと言える。
衆人環視の中、つまり複数の第三者の目を意識している状態においては、当然ながら人は独善的な言動はとりにくくなるのである。

長屋であれ一軒家であれ、家の前には各家庭の奥さんの好みの植木鉢が並べられていたり、子どもがいれば三輪車があり、家族すべての洗濯物もどこかに見えていた。
また、出前の鉢が置かれていたりもする。
何よりも、基本的に家の玄関は、冬以外は開け放たれたままである場合が多かった。

これらの各家の玄関の情景は、ご近所に住む人同士が、お互いのリアルタイムの状況を知るための、第一の情報であると言ってもよかった。

もちろん、視覚的情報ばかりでなく、臭いや音も情報として含まれることは言うまでもない。
お互いに今晩のおかずなどは、わざわざ言わなくとも、臭いで知れてしまうのである。

つまり、かつて「ご近所」という世界の中では、みな、我が家の生活は周囲に知れているという意識を、当たり前に持っていたのである。

その対極にある状況とは、現在の集合住宅での生活といえるだろう。
多くの集合住宅では、自分の好みのドアに付け替えることも、表に植木鉢を置くことも、ベランダの手すりに布団を干すことさえ禁止されている。
つまり、家族の生活感や個性を表に出すことは、ほとんどすべて禁じられているのである。

人間は、何を考えているのか分からない他人が苦手であり、反対にあけっぴろげな人には親近感を覚えやすいし、安堵感も覚える。

同時に、自分の家庭・家族のことを、周囲が正確に認識してくれているという意識も、情緒的な安定をもたらす場合が多い。
なぜなら、人は自分のことを、まずは他者の目に映る自分の姿を見ることによって、知るからである。

「自分のことが分からない」と訴える若者が増加しているが、それは、他者(動植物を含む)との親密で有機的な関係が失われていることを意味していると言ってもよい。

近年、ますます重症化しつつあるといわれる境界性人格障害の人は、何よりも人の誠実さに妄想的な疑念を抱き、他人の誠実さを試す(結果的には揺るがす)ような言動を繰り返してしまう。
つまり、人間不信の根がきわめて深いのである。

不安神経症、パニック障害の人もそうであるが、この人たちは、「周囲の人間が何を考えているのか分からない」という状況に、振り回されている面が大きいように思う。



「ご近所」という小地域社会の崩壊にともなう問題は、あまりに大きく、やはり一度では書ききれなかった。
2回、あるいは数回に分けて書いてみたいと思う。

というわけで……次回に続く。





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昭和のご近所づきあい2-時代は戻せない - 2008.10.06 Mon

前回から続く

昭和30~40年代頃の都市部、とくに下町におけるご近所づきあい、つまり『ALWAYS三丁目の夕日』のような世界を一言で表現するならば、「半家族」と言うことができるように思う。

人間にとって、この「半家族」という存在がいかに大事であるかを書きたいのだが、その前に、あえて少し横道にそれてみたい。

『三丁目の夕日』や、1970年前後の少年たちの「ともだち」関係が鍵をにぎる『20世紀少年』のような作品が、こんなにも大ウケしていることに、日本人はちゃんと何が欠落しているのかを知っているんだな、と感じ、私としては希望の光を見出す心地がしている。

ただしかし、私は決して、その時代にそっくりそのまま日本は戻るべきである、という懐古主義者でも守旧派でもないことを、はっきりさせておきたい。

まず第一に、それ以降、今現在にいたるまで日本人が経験している、やたらと管理優先の「感情の不毛」という時代も、経験として無駄にするべきではないと思うからである。
また、そもそも時代を逆行させることは不可能だからである。


音楽一つをとっても、今さらド演歌バリバリの時代に戻ってしまうというのは、どう考えてもきついし、現実にありえないと思う(美空ひばりやサブちゃんや八代亜紀は好きですが)。

宇多田ヒカルが現れたとき、日本中の10代の女の子たちの音楽的感性が、ザザッと音を立てて変わるのを感じた。
出るべくして出てきた人なんだな、と思った。
いったん開かれた感性は、まず元に戻るとは思えない。

実際、20~30年前にはあんなにたくさんいた「おんち」の人が、驚くほど少なくなった。
彼女らにとっては、無理なく正しい音を出せる、つまりすんなり感情移入できる音楽スタイルが、まだ日本にはなかったんだなと思う。

お笑いにしてもそうだ。
かつては主流だった、作りこまれたネタをひたすら舞台上で演じる「しゃべくり漫才」などは、今や多くのお笑いの形の一つに過ぎなくなり、主流はむしろ、明石家さんまやダウンタウンによって完成されたフリートークや、体を使ったチャレンジ系、あるいはクイズ形式の番組になっている。

たしかに、『レッドカーペット』などでは、やはり作りこみのネタが披露されてはいるが、その場を経てのし上がった芸人たちは、ほぼ確実に作りこみの世界を卒業し、フリートークの場へと出て行く。
つまり、作りこみとは逆の、芸人やタレントたちの「素」を見て笑うというのが、現在の主流なのだ。

私の知る限り、日本の古文書で最初にお笑い芸が描かれているのは『古事記』、傷ついて天の岩戸に隠れたアマテラスを復活させるために、アメノウズメが踊った裸踊りである。
天地を揺るがす、神々の「ドッカン」だ。

すぐ裸になってしまう芸人を、「レベルが低い」と言う人もいるが、一概にそうは言えない。
裸になるのは、やはりお笑いの基本中の基本と言ってよいのだ。

『古事記』の挿絵では、アメノウズメは美しく描かれていることが多いが、むしろ森三中の大島を見るとき、アメノウズメのモデルは、実はこういう容姿と性格の持ち主だったのではないかと想像してしまうのである。

アメノウズメが、もしもセクシーな裸体の持ち主で、恥ずかしがり屋であったなら、あちこちで生唾を飲み込む音ばかりが聞こえて、笑えなかったはずだからだ。
アマテラスも、出るに出られない。

「素を見せる」というのもまた、ある意味「裸になる」ことなのである。

「笑われる」のと「笑わせる」のとは確かに違うが、それは技術うんぬんの問題よりも、笑わせる(れる)側のとらえ方次第である面が強いように思う。
もちろんそれは、愛のあるフォロー、つまり「ツッコミ」によって形をなす。

一方で、こういったお笑いのフリー化の動きとバランスをとるように、完全なる作りこみの世界である落語が再注目されているのは興味深い。
昔の桂枝雀や笑福亭仁鶴は、お決まりの落語の型を壊しているところが魅力だったが、現在ではそういった破戒的なスタイルよりも、むしろガチガチのオーソドックススタイルが好まれている。

ここ20年ほど、日本の音楽業界が多様化するのと逆行するように、女性演歌歌手は判で押したように着物を着るようになった(小林幸子を除く)のと、ややかぶって見えるものがある。



こういった音楽やお笑いの世界での二極化は、芸能界の内部でのみ起きている現象ではない。
芸能界・ゲーム・コミック・アニメといった、娯楽の世界・非現実的な世界での感覚・感性のフリー化と、学校・企業・各家庭という現実世界での、管理優先による場の硬直化、という現象の間にも生じているのである。

つまり、現実世界がガチガチになればなるほど、娯楽の世界では、どんどん枠が取り払われていくのだ。

深い感情が表に現れてくるには、場がフリーであることが絶対条件なのは、言うまでもない。
だからこそ、時代の流れの中で、一部の世界でではあるが、一歩一歩と解放されてきた日本人の感性は、決して元に戻るべきではないし、戻るはずもない。

それでいてなおかつ、昔の日本に存在した大切なもの、たとえばご近所という「半家族」などは、どうしても、日常の現実世界・生活空間において復活する必要があると考えるのである。

次回は、今日どうしてご近所という「半家族」が失われてしまったかについて、考えてみたい。




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昭和のご近所づきあい3-永六輔さんの話 - 2008.10.07 Tue

前回から続く

昔の「ご近所づきあい」という地域社会が、庶民の情緒を安定させる上ではたしてきた役割について書いてきているのだが、これも、昔はよかっただとか、いや、あんなしんどいものがなくなってよかったというように、単純な理屈で書ききれないものがあり、実にややこしい。

つまり、昔の「ご近所づきあい」には良かった面もあるが、年々変化しつつある日本人の心性にとっては、すでに合わなくなっていた面も、確かにあったと思うからである。

しかし今回は、ご近所づきあいの良かった面について、もう少し書いてみたい。

良かった面というのは、一つには前々回の記事でも書いたとおり、一家族の内部だけで通用する価値観は、どうしても独善的になってしまうことが多く、個々人の正当性はしばしば抑圧されるが、他人でありながら家族のようなご近所の人々の存在が、それを食い止めてくれるという面。

もう一つは、その時いただいたコメントにもあったが、子育てなど、責任をともなう負担を分散させてくれるという機能があった。
つまり、子育てなどは、一組の親だけがするものというより、地域全体が行なって当然のものだったのだ。



たぶん30年ほど前、永六輔さんが、ラジオだか『徹子の部屋』だかで語っておられた話。

子どもの頃、ある日親が、
「お前も10歳(?)になったんだから、家の仕事を手伝わなくちゃならない。
あしたから、家の前の掃きそうじはお前の仕事だよ」
と言う。

言われたとおり早朝に起きて、家の前を掃くが、いったいどこまで掃けばいいのか分からない。
そこで、お向かいはお向かいの人が掃くだろうと思い、道のちょうど真ん中で区切って、こちら側だけを掃いていた。

すると、同じように掃除に出てきた向かいのおじさんが、
「おいおい、そんなに線で区切ったように、自分の方だけを掃くんじゃない」
と言う。

だから、次の日は、お向かいの前まで全部掃いていた。
すると、やっぱり後から出てきた向かいのおじさんは、今度は、
「人間ってのは、お互い厄介をかけたくないもんだ。
だから、人ん家の前まで掃いちゃあいけない」
と言う。

じゃあどうすればいいんだと思っていると、
「自分の家の前は自分で掃く。そして道の真ん中は、お向かい同士両方が掃く。
でもって、一番きれいなところを他人様に通ってもらうんだよ」
と教えてくれた。

私はこういう風にして、下町の人情や心意気というものを覚えた。
と、おっしゃっていた。
細部の記憶はあいまいだが、おおむねこういった内容だったと思う。

私はまだ高校生くらいだったが、何やらひどく感動して、泣きそうになってしまったことを覚えている。
しかし、当時はなぜそんなに感動したのか、自分でもよく分からなかった。

江戸っ子の誇りは、こういう形で受け継がれてきたのか、といった感動もあった。
しかし、それ以上に、永さんの親の態度に感動した部分が、かなり大きかったと思う。

永さんの親は、ただ「明日から、お前が家の前を掃除しなさい」と言っただけだ。
やり方は一切教えていない。
つまり、やり方はご近所の方が教えてくれるということを、見越していたに違いないのである。
敢えて親が教えず、信頼するご近所の人まかせにしたということ。

おそらく、そういうことを他人様から教えてもらうこと自体が、人間として大切な経験だということを、自分の体験に照らして知っていたからではないかと思うのである。

何という深い信頼だろうか。
子どもは、放り出しておけば他人様が育ててくれる、という点に、疑いを持っていないのだ。
もちろん、その代わりに、他人の子どもがこちらを必要とした時は、惜しみなく力を貸してやる、という覚悟があってこそできることである。

子どもが社会性を身につけていくうえで、信頼できる他人の存在は、きわめて大切であることが分かる。

うーん、あまりにいい話を載せてしまったので、あとの言葉は蛇足っぽくなりそうだ。
今回はここで終えよう。

次回は、こういったご近所づきあいが、どうして壊れたかについて書きたい。

あれ? 前回の予告もこんなだったような…………




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昭和のご近所づきあい4-地面の死 - 2008.10.09 Thu

さて今回は、なぜ今日、「ご近所」という地域社会が壊れてしまったかについて書いてみたい。

ただ、私は「今日の日本では、ご近所づきあいの世界は壊れてしまった」ということを、当然の前提として話しているのだが、一部には「いやいや、うちではご近所づきあいが昔ながらに続いてるよ」と言う人もいるかもしれない。

もちろん地方に行けば、ある程度昭和の中期くらいまでに近い形でご近所づきあいが残っているところがあるのも、承知の上で書いていることを、一言断っておきたい。

しかし、やはり当時そのままに残っているところというのは、都市部周辺のみならず、かなり地方にいたるまで、皆無と言っていいに違いないと思っている。
もちろん、私はあらゆる地方を訪ねてそれを調査したわけではないが、‘原理的に’それはありえないと考えているからである。

ここでは、その‘原理’について述べたいのである。
キーワードは、本記事のサブタイトル「地面の死」である。

ただ、この話を書くのはなかなかに難しい。
というのは、この話にすんなり共感してくれる人は本当に少なく(というよりも、これまでにはっきりと共感したのは家内だけだった)、ぽかんとした顔をされることがやたらと多かったからだ。

私にとってみれば、疑いの余地がないとすら感じることなのに、かなり荒唐無稽な話に思えるらしい。
まず理解してもらえないだろうな、と思う話を書くのは、実はけっこうしんどい。
だから、こんなにも前置きが長くなってしまっている。
でも、えいやあっ、と書いてしまおう。

結論から言うならば、都市部のご近所づきあいをズタズタに分断してしまった最大の要因は、住宅地道路のアスファルト舗装であると、私は考えているのである。

私が小学校3年だったか4年だった頃、家の前の道路がアスファルトで舗装された。
それまでは、大阪の浪速区でも、ある程度大きな道路しか舗装されていなかったので、はじめはアスファルト舗装など他人事だと思っていたのだが、やがてそこいらの住宅地でも、徐々にアスファルトは勢力を拡大(!?)しつつあった。

私にとってアスファルト舗装とは、遊び場を奪われること以外の何ものでもなかったから、「こっちへくるな、こっちへくるな」と、念じ続けていたのだが、とうとうその日がやってきてしまったというわけだ。

何も遊びが見つからないときは、夕暮れまで飽きずに見ていた蟻の巣が、家の前だけでもいくつかあったのだが、言うまでもなく、それらはすべて完全に閉じ込められていた。
また、泥団子を作るのに、ちょうどいい土がとれる路地の端っこまで、丁寧にアスファルトに覆われていた。

あまりのショックに、たしかお婆さんにだったと思うが、「道路にかぶせたあの黒いやつ、いつまでかぶしとくん?」と尋ねたものだ。
婆さんは当然、「そんなん、ずっとあのままに決まってるがな」と答えた。

少し離れたところに公園はあったが、私のような内向型の子どものテリトリーは、さほど広くはない。
また、比較的外向的な子は、公園で野球やサッカーをしたが、私にとってそれらは、基本的に他の子との付き合いの道具でしかなかった。
しかし、私のみならず、すべての子どもらの遊びのバリエーションも、やはり著しく限定されてしまった。

アスファルト舗装の直後、私は「このことがどれほどひどいことか、いずれ分かる日が来るはずだ。今日のことは忘れずに覚えておこう」と心に決めた。

信じがたいと思われるかもしれないが、強く心に引っかかることがある時、このように自分に言い聞かせるのは、幼稚園くらいから私が身につけていた、感情を殺されないための方法だったのである。
実際、幼稚園ごろの自分の写真を見ると、まったく子どもの表情とはいえない厳しい顔をしている。

道路舗装から1年あまり後、私は人生最初のうつ症状に悩まされることになった。
半月ほどの間、どこにいて何をしていても、訳もなくただ悲しくて、涙が止まらなくなってしまったのだ。
これには本当に困った。
とくに、学校でごまかすのが至難の業だった。

私の懸念は、次第に現実化していった。
まず、習慣で家の前で遊んでいた子どもたちの表情の中にも、明らかに白けた雰囲気やイライラが混じりはじめた。
また、道路舗装までは、確かに他ならぬ「自分のこと」であった近所の神社の祭りが、いつしかまったくの他人事に感じている自分に気づき、愕然とした。

他の子どもたちはほとんど意識していないようだったが、やはりどこかで同じように感じているのは、見ているだけで分かった。

ボール遊びをしても、バウンドや転がるのが速すぎて、どうにも楽しめない。
棒一本で地面に絵を描くこともできない。
公園の土に比べ、道路の土は格段に固いのだが、その固い土にどれだけ深い穴を掘れるか競うだけでも、充分に遊びとして成立していたのである。

子どもたちの外で遊ぶことは目に見えて少なくなり、そのせいなのかどうかは定かではないが、かつては2~3日に1度は通っていた、町の片隅にある駄菓子屋が、知らない間に廃業していた。

駄菓子屋が廃業していたことよりも、それにすら気づかなかった自分にショックだった。
子ども心にも、家にひとりで引きこもり、死んだように生活する駄菓子屋のおばあさんの姿が想像されて、胸が痛んだ。

舗装されていない土の道は、毎日住人たちによって掃き清められ、水が打たれ、手の空いたときには雑草が引かれていた。
それはまぎれもなく、「自分たちのもの」だったからである。
そして、その隙間を縫うようにして、子どもたちは集団で遊んでいた。

アスファルトになって以来、当然ながら、大部分の地域住民は、こういった「地面のメンテナンス」をしなくなった。

年長のリーダー的子どもは、小さな子どもらを預かっている責任を感じ、利益と不利益が特定の子に偏らぬよう常に気を配っており、自分の兄弟だからといって、優遇することさえなかった。
またその気配りは、一つの遊びに加わらず、集団から一歩距離をとる私のようなタイプの子に対しても同様であった。

子どもばかりでなく、親たちも彼に感謝し、安心して子どもを預け、尊敬に近い感情すら持っていた。
明らかに彼自身、その中立的かつ正義の立場に、誇りを感じていたはずである。
おそらく、そのかっこよさに対する憧れが、次のリーダーを育てていた、あるいはリーダーを選ぶ眼を与えていたのではないかと思う。

子どもら自身、すでになかば社会の参入者であり、他の親と自分の親を比較する機会も格段に多く、幼い頃から親を絶対視せずにすんだ。
たとえ親が横暴であったとしても、横暴であることを、子どもは幼くして見抜くことができたため、心までは支配されにくかったのである。

何より、子育ての負担の軽さは、親子関係の良好さを保つ上で、きわめて有効だった。

今にして思えば、ご近所づきあいという人間関係の最大の接着剤は、「子ども」と「土の地面」であったように思うのである。
現在でも、お母さん方の友達の基本は‘ママとも’だが、昔は交流のあり方がずっと自然発生的で、しかも家族ぐるみであり、情報や感情のやり取りの量も桁外れに多かったように思う。

ご近所づきあいは、今でもあるにはあるだろうが、交流の量が10と100とでは、やはりまったく効果が違うのである。

ある一家が引っ越していくときなど、子どもらばかりでなく、おばさん同士までが数人で抱き合って号泣していた。
昨今のご近所関係しか知らない人の中には、これほどの他人同士の関係を、想像すらできない人もいるのではないだろうか。

「遠くの親戚より、近くの他人」という言葉がある(あった?)が、それは事実だったのである。

前回取り上げた永六輔さんの逸話にしても、一人の子どもを親とご近所が共同で育てたばかりでなく、永さんという子どもによって、ご近所が絆を深めていた面もあったと思う。

奇しくも、永さんの逸話が「地面を掃く」という共同作業にまつわるものであったのは、私にはすごく象徴的に思えるのである。

「故郷」とは、まずもって人同士のつながりであると、私は確信する。

少なくとも私にとって、家の前の地面がアスファルトで覆われたことは、間違いなく「故郷」の喪失を意味していた。





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携帯電話禁止 - 2008.12.05 Fri

橋下大阪府知事の「学校での携帯電話使用の禁止」発言が話題になっている。
国の閣僚たちも、次々と賛同し始めているようだが、私としては怒りが収まらない。
橋下徹にはちょっと期待していただけに、がっかりだ。

彼ら曰く、
「有害サイトから子どもたちを守らねばならない。」
「メールのやり取りは無機質なもので、生きた人間のやり取りではない。」

まず、「禁止」⇒「守る」というのは、論理のすり替えだ。
また、たしかにネット上でのやり取りは、実際の会話と比べてはるかに情報量が少なく、より無機質的である。
しかし、子どもたちばかりでなく多くの人々が、無機質であるにもかかわらず、なぜそういったコミュニケーションのベースに依存せざるを得ないのか、誰一人として言及していない。

このブログで、昔の日本でカウンセリングなどが必要なかったのは、ご近所づきあいが生き生きと機能していたからであり、それを成立せしめていたのは、突き詰めれば、アスファルトに覆われていない土の地面だったのではないか、と書いた。(昭和のご近所づきあい-地面の死

人と人とのつながりは、実は意外と直接的なものではなく、地面や信条など、共有物を介して成立している部分が大きい。
人格障害の人が増加しているのは、人と人とが直接つながる以外に仕方がない、といった社会状況が、大きく関係しているのではないかと私は考える。

かつては人が集団で生活していく上での大前提であった土の地面が奪われ、何10年もたって、人々が、貧相ではあるがかろうじて共有物として見出したもの、それがインターネットの世界である。

携帯電話を禁止するというのは、アスファルトの裂け目でかろうじて生き延びていた雑草に対する、最後のとどめと言わんばかりの、最新の道路整備である。
要因はこれだけではないが、不登校の加速度的増加は断言できる。

自由というものを、奪って奪って奪い尽くす……
はらわたが煮えくり返る。

何でもかんでも禁止すれば、何かが防止できるという発想の貧困、想像力の欠如。
20世紀初頭のアメリカでの禁酒法が、その後引き起こした社会的混乱は、日本での法に携わる人々に何の教訓ももたらさなかったらしい。

有害サイトと決めつけているが、本当にきちんとその意味合いや肯定的・否定的な影響を調べたのだろうか。

猟奇的殺人者の家から変態的・猟奇的なビデオが見つかると、たちまち有害と決めつけ、社会的見識を見せびらかす輩は多いが、自分の反社会的衝動を行動に移さないために、そういったビデオを見て自分を満足させるしかない人間もいるはずなのだ。
彼らもまた、はじめはビデオを見ることで、何とかやり過ごしていたのかもしれない。

私には、学内に生徒用の灰皿を設置していた学校長の苦悩と、メディアの前で安易に謝らなかった態度のほうに、はるかに共感と賛意を覚える。

禁止禁止の足し算しか知らない者の為政者としての品格を、私は信じることができない。





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明けましておめでとうございます - 2010.01.05 Tue

新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
本年、第一発目の記事でございます。
<いつもの文体に戻します。>


よく、「寅年は荒れる」というが、世の中の経済状況然り、政界の状況然り、はたまた年明けの天候然り、いかにも今年は荒れそうな材料がそこかしこにあふれている。
丑年の昨年もまた荒れに荒れたわけだが、考えてみれば昨年と今年は「艮(うしとら)」の年で、やはり鬼門ということなのだろうか。
これを方角で言うならば北東。真北が完全な安定を意味するとすれば、その安定が崩れ始める方角、キリスト教世界で言うならば、13番目の方角ということになるのだろう。

だが、艮(うしとら)・鬼門とは、本来単に不吉を意味する方角ではない。
それはサイクルの節目であり、時代が新しいステージを迎えるために、物事がいろいろと組み替えられる時期という意味も含まれているのである。
そうした意味で、今年が意義深い年であることを願うばかりである。

阪神淡路大震災から15年 - 2010.01.17 Sun

あれからもう15年である。
私は直接の被災者ではないので、震災から15年を経た今日の感慨を述べるにも、少しはばかられるのだが、震災が起きたのは、私の人生の中でも非常に意味深い時期でのことだった。

私がそれまでの職場を去り、いよいよ臨床心理の世界に飛び込もうとしたのが1994年の3月。
震災があったのは大学院浪人の最中であり、しかも私が受験することになっていたのは、被害の大きかった地域にある甲南大学大学院(神戸市東灘区)だった。
前に私の不眠時代のことを記事で書いたが、私にとってはそれが始まって1年以内のことであり、夢見は常に最悪で、大地震や大洪水の夢をしょっちゅう見ている中で起きた、現実の大地震だったのである。

実を言うと、私は震災の2ヶ月前、すなわち1994年の11月まで、JR芦屋駅のすぐ近くに住んでいた。
聴講という形ですでに大学に通っていたので、もちろん通学の利便からである。
住んでいた隣にあった巨大なマンションは全壊で(『くすのき―』というマンション名だったと思う)、その画像や映像はテレビや新聞でしばしば流されていた。

私がその時期に引っ越した理由は、実は私自身にも分からない。
人生で何度か引越しは経験しているが、その引越しばかりはまったく理由らしきものが見当たらない。
「とにかく、何が何でも今引っ越さなくてはならない」という衝動的な気持ちに駆られてのことだった。
当時この引越しのことは周囲に説明ができず、精神的に追い詰められている状況でもあったので、周囲どころか私自身でさえ、「頭がおかしくなったのではないか」と疑ったほどである。

たまたま被災をまぬがれたことは、多くの被災者たちの心情を思うときに、当然ながら手柄にはしたくない。
だが、時間がいくらあっても足りなかった状況を考えると、もしもあの時被災していたら、私は受験の準備をやりおおせていたのだろうかと思う。

引っ越した先、つまり震災が起きたときに住んでいたのは、新大阪駅の近くだった。
当時は不眠だったので、午前5時台というと眠りについたばかりだったが、ひどい揺れと、大きく振れた照明器具が天井に立て続けにぶつかる「ガン ガン」という音で目覚めた瞬間、どういうわけか「大阪でこんなに揺れてるんだから、東京はとっくに壊滅だ。日本はどうなるんだろう」と思った。
数時間停電が続いたが、電池式の携帯ラジオで、どこで何が起きたのかを知った。

たまたま被災を免れた負い目もあったのかもしれない。
真っ先に考えたことは、とにかく原付の後ろに積めるだけの食べ物を積んで、被災地に走ることだった。
まだ停電から回復しない、薄暗いコンビニの店内で、少しでも日持ちのするものを中心に買いあさり、ダンボールを2段積みにして原付の荷台に乗せ、闇雲に被災地へと走った。
街の光景は今さら言うまでもなく悲惨で、途中何度も地割れを踏み越えていかねばならなかった。
その日は2往復し、翌日と翌々日もそれぞれ1回ずつ物資を運んだ。

被災者の気分が荒れていることも頭をよぎったが、現地に行ってみると、震災の直後であるにもかかわらず、すでに復興の兆候が見られた。
みな、家族のみならず見知らぬ同士でも、互いに身惜しみなく助け合い、とにかく今やれることをやろうとしていた。
すでに崩壊している「ご近所」社会が、復活したかのようにも思えた。
これは少し後になってからだが、むしろ生き生きとしているようにすら見える人々の姿から、みんな、弱者を見捨て、周囲との親密なコミュニケーションを断絶させている日常世界に、実は飽き飽きしていたんだな、とさえ思った。

また、数日間のうちには、明らかに被災者当人ではない人々の、復興に向けて立ち働く姿が多く見られた。
自ら志願したボランティアの人々である。
そこで見たものは、自然災害の悲惨さよりもむしろ、いとおしむべき人間の本性と、どんな悲惨な状況からでも復興はありうるのだという「体感」であったように思う。

当時、大災害の夢にばかり悩まされていた私だったが、やがて街が災害から復興していく夢を、時々見るようになっていった。
今から思うと、あの時に自分の目でじかに見た人々の姿が、私の心の復興の手助けとなってくれたのかもしれない。

おりしも震災から15年の節目の今、世界経済や日本の政治情勢は、われわれの生活と気分を陰鬱とさせており、また奇しくもハイチでは大地震が未曾有の被害をもたらし、20万人もの死者を出している。
世界規模で、人々の不安がピークに達せんとしているのである。
これが、何らかの再生の序章であることを心から願い、そのために自分に何ができるかを、私なりにたゆまず考えていきたい。

合掌。


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朝青龍「暴行事件」のこと - 2010.02.05 Fri

朝青龍が引退した。

私としては、正直「残念」という気持ちを抱いている。
また、朝青龍の無念さを思うと、胸も痛む。
というのは、何よりもあれほど美しい動きを持った力士は、先代の貴ノ花(故 双子山親方)以来記憶にないからである。

そもそも、今回の暴行事件はともかくとしても、これまで取り沙汰された数々の事件のほとんどに対して、「そんなに悪いことなのかなあ」と考えさせられてばかりだった。
とくに、土俵上で荒々しい感情や喜びを表現したことなどについては、不真面目さからくるというよりも、朝青龍関のたぐい稀な闘争本能の現れ、あるいは裏返しであり、それは本来ならば、むしろ力士の資質と呼ぶべき性質であるはずだ。

朝青龍自身、昨日の引退会見において「品格、品格というが土俵に上がれば鬼にもなるし、やっぱり精一杯やらなきゃいけないという気持ちがあった。(自分が)今までにない人なので迷惑をかけた。」と言っている。
「最後まで、本当に正直な人だ」と思った。
同じ会見で、自らのことを「モンゴルの大草原から来た少年」と表現しているが、私の目から見ても、彼のことが純真で真面目な格闘家にしか見えないのである。

品格、品格と言うが、格闘家にとっての品格とは、実は突き詰めれば試合場で「鬼になる」ことなのではないかとも思う。
その意味では、容赦ない立会いによって他の多くの剣術家から疎まれた、宮本武蔵とも重なる部分がある。
武術家としての彼の人生は、まさに血塗られたものであるかのようにも見えるが、彼の核にある人間としての品格は、その書画・彫刻などにも現れている。

もちろん、横綱審議委員をはじめとする日本人たちの「力士は単なる格闘家ではない」という考えこそが、朝青龍を社会的に袋叩きにさせたものであることは承知しているのだが、そこで彼らに問いたいことは、「ならば、力士とは何なのか」ということである。
「横綱は、ただ勝てばいいというものではない」と彼らは言うが、いくら聞いてみても、「儀礼的行為やつつましさのアピールは、勝つことよりも大事だ」という風に聞こえてしまう。
だとすれば、それこそ本末転倒ということになりはしないのだろうか。

相撲が、本来神事であることは今さら言うまでもないが、古来より神に捧げられるものは、まずもって人の陶酔・恍惚である。
仏教的に言うならば、「三昧(さんまい)」の境地だ。
だから、踊りも音楽も酒も、おしなべて人を酔わせるものはたいてい、本来神事と深く関わっている。
品格、品格、伝統、伝統とお題目のように言う前に、まずその言葉の意味をとことん掘り下げ、さかのぼってはどうなのかと思う。

相撲の歴史的大一番、相撲の元祖として日本書紀に記されているのが、垂仁天皇に供せられた野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)の取り組みである。
この戦いでは、まず互いに蹴り技を繰り出し、最後は倒れた蹴速のあばらと腰を、宿禰が踏み砕いて殺すことで終結している。
今で言うところのバーリ・トゥード、しかしレフェリーストップがない分、それ以上に凄惨な戦いであったわけだ。
なぜ彼らがそこまで手を抜かずにやらなくてはならなかったのか、それは、ほかならぬ神前だったからではないだろうか。


話は変わるが、本当は会社を辞めたくて仕方ないが、事情があって辞めるに辞められない人が、半ば無意識に会社で多量服薬やリストカットをしてしまい、結果的に自ら辞めざるを得ない状況を作ってしまう、といったことが時おり起きる。
私は、今回の朝青龍の暴力事件には、それと同様の心理が関係していた可能性が高いと考える。
また、「頑張れ」という一般人の声に怒り出したのが事件のきっかけとのことだが、朝青龍なりに、すでに頑張りと我慢は限度を越えていたのだろう。


既得権益や社会的地位の上に胡坐をかく者は、純真な者を無意識に恐れ、踏み潰そうとする傾向がある。
なぜなら、純真な者は人々の心を動かし、世の中の価値観を塗り替えてしまう恐れがあるからだ。
例の脚本家や漫画家の、「朝青龍」という名を口にするだけで浮かべる苦々しい表情の背後に、その無意識の恐れが感じ取れる。
彼がまた外国人力士であることも、その恐れを助長していることは想像に難くない。
「よそ者に荒らされる」と感じているのではないだろうか。
旧態然とした価値観があってこその彼らの地位なのだから、まことにもってうなずけることではある。


ところで、同じ相撲界において、親子2代にわたる角界のプリンス、貴乃花親方がその旧態に一石を投じようとしている。
思わぬ理事選の当選は喜ばしくもあったが、本当に大変なのはこれからであることを考えると、自分のことのように緊張してしまう。
理事としても、現役時代のように「負けない相撲」を取ってくれることを、ただ祈るばかりである。


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愛子様のこと - 2010.03.11 Thu

皇太子のご令嬢が、不安を訴えて不登校になっておられたとのことである。
騒ぎ立てることは本意ではないが、やはり大切なことなので触れておきたい。

ニュース記事によると、一部の男子児童の乱暴な振る舞いが、ひとつの原因だったらしい。
子どもたちの社会性の低下という問題が背後に潜在しているのか、あるいはクラスメートのADHD(注意欠陥多動性障害)などの発達上の問題が絡んでいるのか、今のところ実態ははっきりしない。
愛子様やご家族の辛さもさることながら、男児の家族もまた、おそらく身のすくむ思いですごしていることだろう。
学習院および周囲の対応、また風評が、単なる悪者探しや「心の弱さ」という漠然とした精神論に終わることがないよう願いたい。

いずれにせよ、母親雅子様のうつおよび適応障害に続き、ご令嬢もまた、不登校という全社会的問題を体現されたことになる。
もちろん、大変お気の毒な状況ではあるものの、このことが、うつや不登校、および学校そのものに対する社会の意識が変容するきっかけとなるならば、不幸中の幸いともなるのだが、はたしてどうなるのだろうか。


このブログで繰り返し書いてきたことだが、多くの場合、うつの原因は「生真面目すぎる」ことや「気が優しすぎる」ことや「感受性が強すぎること」ではない。
それらは本来人間の美徳である。
だが、それにもかかわらず、そうした性質を持っていることが、かえって弱点とならざるを得ない、社会の潜在的システム、暗黙の常識にこそ歪みのあることを指摘したい。

もっと具体的に言うならば、本来、指導者的立場には向いていない性格の人物が、自動的に人の上に立つことになってしまうシステムに問題があるのである。
過去の高度経済成長期と、団塊世代を中心とする過当競争の負の遺産なのだと思うが、厚顔無恥であること、欲しい物を手に入れることに対して際限なく無節操であることは、はっきりとは言わないまでも、長らく社会人として必要な要素とされてきた。
そして実際に、そうした競争に勝ち抜いた者たちが、社会的地位の上位の大部分を占めるにいたってしまったのだ。

経済領域しかり、政治領域しかり、学術領域しかりである。
臨床心理士の領域もまた、もちろん例外ではない(ちょっと違うのは、芸能界ぐらいかもしれない)。

こうしたありようは、ついに『鈍感力』(渡辺淳一)といった考えにまで昇華されるにいたった。
本屋でところどころ立ち読みしただけだが、正直反吐が出そうになった。

いわく、強くなるためには鈍感になれという。
愚かこの上ない考えだ。
鈍感な者は、何の努力も必要とせずに鈍感であり、敏感な者は、どれほど血の涙を流しても鈍感にはなれない。
まずもってこの当たり前のことが、微塵も理解されていない。
また、鈍感であることは、本当の意味の強さでも何でもないことが、まったく斟酌されていない。

鈍感者が優越するシステム、価値観においては、「人が生きる意味」を真剣に考えようとすると、「弱い奴」「世間知らず」などと馬鹿にされてしまう。
うつや不登校の多くは、そうした非人間的な社会システムに対する、無意識的なボイコット、無抵抗の不服従である。
今は弱者の脱力にしか見えない、この消極的な動きが、やがて社会を動かす大きな流れを生み出すこと。
微力ながら、私はそのためにカウンセラーをやっているようなものである。


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マスコミのジレンマ - 2010.05.07 Fri

前から触れたかった問題だが、今日のニュースで話題にできるものがあった。

Yahooニュースで、
「入れ歯ずれた患者撮影=准看護師、同僚に見せ笑う」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100507-00000068-jij-soci

という記事が出ていた(すぐに消えるかもしれない)。

ある病院の准看護師が、90代の女性患者の入れ歯がずれたところを携帯電話のカメラで撮影し、それを同僚に見せて笑っていた、というものである。
高齢者虐待防止法に抵触する疑いで、県が調査を進めているという。

まず、この准看護師の行動そのものについては、弁護すべきは一点もない。
まったくもって、職業人としても人としても、愚劣きわまりないと思うし、もし私がこの人の上司ならば、かなり厳しい態度を示すことは間違いない。
このスタッフが、たとえばその様子を「可愛い」と感じていたと主張してもだ。

利用者のだれかから、リークがあったのではないかと思う。
ただしかし、これが単発的な出来事だったとすれば、マスコミが取り上げるべき問題なのかどうかというと、かなりひっかかる。いや、「それは違うだろう」と言いたい。
もちろん、この病院で、利用者に対する虐待行為が日常的に繰り返されていたというならば、話は別なのだが。

やはり本来は、まずもって現場の上司が対処すべき問題ではないだろうか。
実態が明らかになる前に、こういうことをマスコミがやってしまうと、他のすべての病院を含む現場が、必要以上にピリピリしてしまうことになるだろう。
それも、真面目にやっている現場、生真面目な職員であればあるほど、緊張することになるのである。

学校教師からよく聞いたことだが、クラス全体をしかるとき、あまり問題のない真面目な生徒ばかりピリピリして、本当にこたえてほしい生徒はぼんやりしていて困るという、あれと同じである。

こうしたことが「大ごとになってしまう」と感じると、各現場では規則が増え、それに伴ってどうしても場が「硬く」なり、かえって利用者へのサービスは機械的で、「モノ扱い」となる傾向を潜在的に強める。
そうなると、こうした事件もかえって起きやすくなるのではないか。
で、起きればまた叩かれる、の悪循環だ。

少し心理学的にいうならば、抑圧された感情が荒々しいものとなり、攻撃性として漏れ出すことになるのである。
規則で縛られるということは、職員が機械的で冷たい扱いを受けているということなのであり、冷たい扱いを甘んじて受けるということは、これはもう、自分が誰か(利用者・部下)に冷たい扱いをするか、うつになるか、それとも敢然と拒絶するかの3通りしかなくなるのだ。

当然ながら、そのような中でも人間的であろうとするスタッフは、うつに陥りやすくなる。

現場が硬くなると、状況の全体を見ずに規則の細部にこだわるタイプ、いわゆる「うるさ型」の人間が巾をきかすことになったり、別の場合には、非難されることを恐れすぎる上司の「事なかれ主義」を助長し、見て見ぬふりが当たり前となって、結果、我がもの顔の中間ポジション、つまり「お局」のいじめが横行する傾向を強めたりもする。

マスコミが「スクープ」と称し、一般人の危機感をあおる傾向が根強く、その影響が一般人の認識を歪めてしまっている面があるのは、いまさら言うまでもないことだと思う。
インパクトを強めるために、ものごとの実態全体を伝えずに、非常に偏った伝え方をしている場合が少なくない(いや、きわめて多い)ことも、端々に見て取れる。
心あるマスコミ自身の側からも、そうした声が稀に出ていることは確かだが、いまだ何一つ形にはなっていない。

「ペンは剣よりも強し」とは、報道人のステイタスなのかもしれないが、物理的に人を傷つけないというだけで、ペンが、剣以上に非人道的かつ危険な武器になっていいわけではない。
ペンも剣も、使う人間次第なのである。
ましてや、攻撃的なカルト集団と同質の「洗脳」行為が、許されるはずもない。

だが、最大の社会的影響力を持つのがマスコミそれ自身であるために、その横暴を食い止めることは、きわめて難しいと言わねばならないだろう。
それでも、必ず「どげんかせんといかん」問題ではないだろうか。


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脱!マニュアル依存社会 - 2010.07.05 Mon

労働基準法は本来労働者を守るためにあるものだが、それがかえって労働者の首を絞めている実態が、ややこしい社会問題となっている。

多くの企業が、一方では経費削減、一方では労基法に抵触しないためにサービス残業をも抑止せねばならず、「残業は許さない。しかしこれまでと同じだけの仕事をしろ。」という、ありえない指示をサラリーマンに出しているのだ。
つまり、どれほど今日のうちに片付けておきたい仕事があろうとも、定時が来れば仕事場から追い出されるようにして、自宅へと強制送還される。
それでいて、期限までにできていなければ叱責されるのである。

で、どうしても残業せざるを得ない場合は、「見なかったことにする」と言わんばかりの素っ気無い上司の態度に、肩身の狭い思いでやらなくてはならない……
こういった体験の持ち主も少なくないはずだ。
どこからどう考えても、理不尽極まりないことだ。
(逆に、早く帰ろうと努力する者を尻目に、ダラダラと残業しまくる輩もいるそうだが。)

言うまでもなく、もともとはサービス残業の強要が社会問題となり、それを制限することが目的で法整備が進んだのだが、労働者にとってはそれが図らずも諸刃の剣だった、ということである。

今のところ統計が出ているわけではないが、カウンセリングの現場の実感からすると、このことは、サービス残業の強要と並んで、かなりサラリーマンのうつ病増加に拍車をかけているようである。

企業の上層部も、ほんの少し考えれば、そんな無茶なことが実現できる訳がないことは分かるはずなのだが、経費削減という命題と労基法との板ばさみになった時点で、自らは現実逃避し、矛盾を末端の現場に押し付けてしまったとしか考えられない。

もちろん、そのことによって、作業の効率と合理性をアップさせる必要が出てきたことについては、いい面もあるようには見える。
しかし、多くの実態としては、作業効率のアップを、すべてマニュアル化することによって得ようとするものだから、現場をますます融通の利かない状態に追い込んでいるようだ。



私の実家は、もともと、数人の住み込み職人とともに木材加工業を営む、小さな町工場だった。
1階が工場、2階と3階がわれわれ家族と職人たちの生活空間である。

大きな仕事が入ったときには、父も職人も深夜まで夜なべして納期に間に合わせていたのだが、そのような時は、子どもである私ですらどことなく緊張していて、母や祖母が夜食を作る手伝いをしたくてたまらなかった(うちは男性に食事の支度をさせない家風だったので、叶わなかったが)。

喉が渇けばいくらでも茶があり、腹が減ればすぐそばに握り飯があり、仕事が終わった後で飲むビールと肴があり、熱い風呂がありと、職人たちが少しでも物足りなさを感じないよう、彼女たちが万全を期していることが、子どもの目にも分かったのである。

もちろん、その仕事が終わった後の達成感も、ほんの少しながら分け与えてもらった。
子どもが足を踏み入れてはいけない世界のように感じていたので、じかにその場にはいなかったが、モーターの音が止んでしばらくすると、1階の工場から皆の大きな笑い声が聞こえてくる。
仕事を終え、ビールを酌み交わしているのである。
それを聞いて、こちらまでがほっとして肩の力が抜けたものである。
(いかん、懐かしすぎてちょっと泣きそうになってきた……)

子どもだったからよくは分からないが、まずほとんどサービス残業だっただろう。
ひょっとすると、当時の町工場などでは、残業手当という観念すらなかったんじゃないだろうか。
ともあれ、こうしたことから「働くということは、喜びを伴うものだ」ということを、子どもの私は学んだように思う。



いまだ一部の零細企業などでは、こうした仕事場の雰囲気を、ある程度残してはいるだろう。

もちろん、非人間的なサービス残業の強要を、容認するつもりはない。
また、マニュアルそのものを、すべて否定するわけでもない。

しかし、残業を根こそぎ禁止するということは、細かく言えば、そういった達成感を伴う労働まで禁止してしまった面もあるのではないかと思う。
極言すれば、それは「働く喜び」の否定ですらある。

要は「中身の問題・程度の問題」であり、非人間的な残業と、労働者自らの責任感と達成感のための残業とを、一緒くたにしてどうするんだ! と、私は言いたいのである。
取り決め・マニュアルというものにおいては、これらは一緒くたにされるしかない。
つまり、マニュアルには限界があることを、まず知るべきだと思う。


次回へ続く(続かないかも……)


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マスコミのセンセーショナリズム - 2010.07.16 Fri

Yahooニュースを見ていたら、次のような記事が出ていた。

『患者の金歯売って裏金20年…S県の総合病院』
7月16日10時54分配信 読売新聞

「S県立総合病院の歯科口腔(こうくう)外科が1989~2009年の20年間にわたり、患者から回収した金歯などの義歯を業者に売って得た代金など計158万1904円を個人名義の口座にプールし、県監査委員が今年3月、「不適切」などと指摘していたことが15日、わかった。

 プールした金は医学書やパソコンソフトなどの購入に使われ、私的使用はなかったという。

……後略」


最近のニュースの傾向として、「それってダメなの?」と疑問を感じるものが多いが、この記事などは典型的だ。

同記事をよく読めば、業者に売られた金歯などは、きちんと患者の承諾を得て回収したものだし、その代金も私用目的には一切使われていないという。
つまり、恣意的な取り決めというものさえなければ、一般的には何ら罪悪とみなされない行為なのである。

ジャーナリストが知識人を標榜するのならば、いい加減こうした雰囲気判断はやめるべきである。

もちろん、それぞれの団体には団体なりの申し合わせがあっても、しかるべきではある。
だから、団体内部で「今後こういうことはしないように」という叱責があっても、それはある程度仕方ないだろう。

ただ、この場合、それを扱うマスコミの態度がひどい。
団体内部および監査団体の専門的な判断を、「患者の金歯を売る」「裏金」といったネガティブな言葉を弄し、さも人としてあるまじき罪悪であるかのように印象付けているのである。

マスコミの横暴を糾弾、反発するよりも、「意見聞く時ゃ頭を下げろ。下げりゃ意見が上を越す。」
とやってしまう日本人的体質にも問題がある。

この都都逸(どどいつ)の意味は、本来「とりあえず謝っておけ。許してさえもらえば、また好きなようにやればいい。」ということなのだろうが(これにも問題はあるが)、昨今はそうはいかない。
上層部は、さらに叩かれるのが厄介なもんだから、あっさりと謝り(誰に謝っているのか、たいてい分からないが)、外部にアピールするためにマニュアルを増やし、下を縛り、締め付けるのである。
つまり、「しわ寄せは下へ、下へ」だ。

マニュアルが増え、現場の雰囲気が硬くなると、スムーズなコミュニケーションが行なわれなくなり、それはそれで事故などが起きやすい温床となる。
で、事故が起きれば起きたで、当然また叩かれる。

末端のスタッフがマニュアルに縛られ、つまらないことで叱られながらも、懸命に真面目に勤めようとすると、その人はうつになってしまう。

こういった状況が、少しでも上層部の頭で想像できるならば、そう簡単に頭など下げられないはずである。
想像力、あるいは類推する能力が欠如しているとしか言えない。


この悪循環は、いったいどこまで続くのか。
マスコミの自浄能力に期待するのは、もはや不可能とみなすべきではないのだろうか。


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今年初めの雰囲気 - 2011.01.20 Thu

今年初めての記事更新である。
実は先日、ある記事をアップしたのだが、アップしてからあまりにどうでもいいようなことを書いてしまったように感じ、取り下げたので、それも含めると2本目ということになるのだが。

ところで、昨年12月あたりから、ここのところクライアントの方々全体に感じている雰囲気がある。

例年としては、冬の間は当然生理的な活動が低下することもあり、どちらかというと全体にうつ傾向が強くなる。
昨年などは特にその傾向が強く、クリスマスから新年にかけてなど、クライアントの方々のみならず街の雰囲気もまた、まるで戒厳令下のように静まり返った雰囲気があった。

ところが、今年の冬はちょっと、いや、かなり例年とは違っているようだ。
おおまかに言うならば、躁的に見える。
本来ならば春先に感じられるような気分の波が、クライアントの方々からも街からも、そして自分自身の内側からも、かなりはっきりと届いてくるのである。

もちろん、その現れ方はさまざまである。
ある人々はイライラと、あるいはソワソワと落ち着きのない気分になっているし、ある人々は、「うーん、どうしようかな……。ええい、やっちゃえ!」というパターンの、若干衝動的な行動が増えているし、怒りのぶつかり合いのようなトラブルもやや多い。

その反面、転職など新しい動きも、多くの人の身の上で始まっている。

確かにベーシックな気分は活発化しているようなのだが、思考などその他の部分がついて行ってないような、ちょっと不安定な感じと言えなくもない。
そういえば、景気の回復にはほど遠い状況なのに、年末年始の各デパートの売り上げは、かなり好調だったとニュースで言っていたが、それもこうした全体的な気分の反映なのかもしれない。

こうした状態では、言うまでもなく、トラブルが起こりやすいという意味で危険な要素が強いし、躁の次にはうつがやってきやすいので、いたずらにテンションが上がり過ぎないよう注意することは必要だ。
ただしかし、次代を切り開くような新しいことが始まるのも、こうした時期であることが多いようなので、注意して縮こまりなさい、とは言いたくない。
たしかに、やってみなくちゃ分からないことがあるのも事実だ。

考えてみれば、今年は飛躍のうさぎ年である。
ちょっといい予感がないでもない。


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東日本大震災 - 2011.04.07 Thu

東日本大震災が起こってから、早1ヶ月が過ぎようとしている。

連日流され続けた衝撃的なニュース映像などの影響から、不安が刺激されたせいか、3月はカウンセリングの申し込み数が異常に多く、毎日殺人的といっていいほどのスケジュールに圧迫され、とてもブログ記事が書ける状態ではなかった。

また、刺激されたのは不安ばかりでなく、希死念慮の強い方々の中には、「なぜ生きたいと思う人々が亡くなり、この自分が生きているのか」という苦悩を語る方も少なくない。



いまだ特定されていない行方不明者、発見されていない犠牲者が多数おられ、かつ日本人全体の経済生活にも多大な影響が出続けている状況である。

しかし、にもかかわらず、激しい衝撃を受けた人間の反応なのだろうか、毎日脳裏に叩きつけられるような思いのした、あの恐ろしい津波の映像の記憶が、何かしら遠い過去のできごと、あるいは何かタチの悪い記憶違いであるかのような、奇妙な色合いを帯びていることに気づかされる。
いまだ、心のどこかが、それを受け入れていないのだろう。

実際に被災していない私においてすらこうした状態であるということは、被災され、家族や家を失った方々の心は、今後どれほどの試練を乗り越えなければならないのだろうかと、胸が痛む。
心に深い傷と、恐怖の記憶を抱えながら、一方で、あまりに厳しい現実に直面し、立ち向かわねばならないのである。



一方、多くの義援金や救援物資が寄せられ、各団体・個人のボランティア活動が行われていることについても、連日報道がなされている。

平常時における福祉・ボランティアという領域には、下手をすると偽善的な意図が見え隠れすることは正直少なくない。

ある部分では、整備の遅れから、障害者の人々が不利益をこうむることが多いのは事実だ。
しかし反面、日本古来の「滅私奉公」という考え方が前面に押し出されすぎて、実際、利用者(障害者)の依存心をいたずらに増長させ、反面、末端の福祉従事者の人権が抑圧されるということも、さまざまな機関で頻繁に起きている。
うつを発症し、カウンセリングに訪れる福祉関係者のいかに多いことか。

こうしたことは、日本が福祉大国たり得ない、大きな足枷になってしまっているのではないかと考えさせられる。

しかし、今回のような大災害の後に行なわれるボランティア活動などには、偽善の入り込む余地が非常に少ないように思う。
これらは、動ける者がしないわけにはいかないことなのである。
つまり、被災地が一刻も早く立ち上がってくれないことには、われわれ他地域の者も、やがてはジリ貧に陥るからである。
そこにヒューマニズムが存在することは確かだが、それ以前に、もっと現実的な次元で、絶対的に必要なことなのだ。

人間の身体に例えるならば、日本そのものが重傷を負い、血流やリンパ球が患部に集中し、治癒を急いでいる状態なのである。
決して人事ではない。

福祉やボランティアとは、本来そうしたものなのだと思う。
大きなことはできないが、カウンセラーとしてだけではなく、一市民として、今後自分に何ができるかを注視して考えていきたい。


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震災と日本人の心理 - 2011.04.16 Sat

4月に入って、カウンセリングの申し込みがやや落ち着いたかに見えたが、やはり第2週目以降かなり多くの方が来談されている。
トータルでは、3月を上回るペースかもしれない。

前回の記事では、震災によって不安が刺激されたのではないかと書いたが、皆さんのお話を伺うと、どうやらそう単純なことではなさそうだ。

未曾有の大震災がもたらした緊張感(風評・原発事故によるものも含め)・あるいは非日常感が、普段は閉じている感覚を覚醒させた、とでも言うべき状態のようなのである。

感覚が非常にリアルになったことで、単調な日常の繰り返しの中では、何となくごまかし、目を逸らすことのできていた自らの負の感情が呼び覚まされ、もともと自分をごまかせない人たちが、ますます自分に嘘がつけなくなっているように見える。
(被災者の方々においては、今のところ、かえって自らの感情に気づけない面があるかもしれない。)

この感情を、再びゆっくりと封印していくのがよいことなのか、それとも「もう嘘をつくのはやめだ」と、自己実現の方向に足を踏み出すのが幸せなのかは、おのおの個別的な問題であり、我々カウンセラーにはもちろん、ご本人にも未知のことである。

いずれにせよ、マイナスの大事件が、ある集団全体の心理を動かす歴史的事例は少なくない。
日本人の心理が、少しでもいい方向に転換することを願ってやまない。



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マニュアルについて - 2011.09.15 Thu

おそらく10年以上前から、薄々は感じていたことなのだが、企業、学校はもちろん、病院、福祉施設などさまざまな組織において、間違いなく徐々に体質が悪化してきている。

これだけ多くの場所でそれが起きているとなると、たぶん日本のありとあらゆる領域の組織で、同じことが起きていると考えるのが妥当だと思う。
とくにここ3年ほどは、もはや「徐々に」という表現が当てはまらないほどその傾向は加速しており、明らかに前年の同時期よりも悪化していることが、毎年ありありと感じられる。

どうしてそのように感じられるのかというと、個人的な背景や心理状態に、本来とくに問題のなかった人々が、出社不能になったり不登校になったりして、カウンセリングを受けに来られることがますます増加しているからである。
個人的に問題がないどころか、むしろ、もともとコミュニケーションが上手く、広い範囲の人間関係や仕事の流れを見通すことができる能力の高い人が、そのような事態に陥っていることすら少なくない。

たとえば、どこの部署に行っても確実にレベルの高い仕事を遂行し、周りともすこぶる上手くやれていた人が、その能力を上に買われてしまったばっかりに、業績の上がらない部署や人間関係が上手くいっていない部署に、権限も与えられずに転属させられ、異常な負荷がかかって会社に行けなくなるというケースが少なからずある。
もちろん、本来能力がいかに高くとも、ひとたびうつで休職ということになると、復職後の会社からの扱いはおおむね冷たく、まず重要な仕事に関わることはなくなり、その虚しさもあって再び休職に追い込まれることが圧倒的に多い。
こうした図式にそっくり当てはまるケースの割合が、年々確実に上がってきているのである。


こういうタイプの方々の話を聞くと、仕事のマニュアル化の弊害が話題に上ることが少なくない。
実際、能力の高い人がうつになってしまう傾向は、昨今あらゆる職場での仕事がマニュアル化される傾向が強くなってきていることと、まったく軌を一にしているように見える。

マニュアルというのは、「誰がやっても同じレベルの仕事ができる」という目的から見る限り、一見非常に合理的に見える。
だが現実には、誰がやっても同じレベルの仕事というのは幻想だし、さらにそのマイナス面も小さくない。
その弊害の中でも、「目的に至る方法を選べなくなる」点が最も大きいのではないかと思う。

本来仕事とは、ある目的を達成することだ。
とくに大きなマイナスさえ引き起こさなければ、どんな方法であっても目的さえ達成すれば、その仕事は一応成功したことになる。
だが、一般にマニュアルとは、ある仕事の目的に関して書かれたものではなく、「方法」について書かれたものなのだ。

ということは、ちょっとした状況の違いによっては、別の方法のほうがいいと分かっていても、マニュアルというものがあるために、わざわざ遠回りの工程をたどらないと上役から叱責を受けることになる。
実際、そういったひどい叱責を上司から受け、やりきれない感情を抑え込んだことがきっかけで、うつに陥った人も少なくない。
また逆に、マニュアルどおりにやったことであれば、たとえ目的が達成できていなくとも、「私は教えられたマニュアル通りにやっただけです。」という言い訳が成立してしまい、理屈で言えば誰もそれを責めることができない。

かくして、目的を達成できた者が叱責を受け、できなかった者が何の咎めも受けないといった奇妙な現象も、当たり前に生じる。
また別の場合には、マニュアルに従ってやったにもかかわらず、目的が達成できなかったために叱責を受けるが、かといってマニュアルを無視したらしたで、これも叱責を受け、「じゃあどうすればいいんですか」と上司に聞くと、「それは自分で考えろ」と言われる、という話もある。

海外在住の長かった友人曰く、「日本人は拡大解釈をする」とのことだ。
たとえば、喫煙や肥満に対する厳しい姿勢はアメリカ発のようだが、当のアメリカで喫煙者や肥満の人は多いらしい。
彼らの反対運動の対象とは、たとえば喫煙しないとじっとしていられないほどイライラするような、極端な喫煙依存者、あるいは度を越えた肥満者なんだそうだ。
つまり、日本のように狂気じみた、徹底した感覚ではないというのだ。

マニュアルというものについても、ほぼ同じことが言える。
日本人の場合、マニュアルという形でひとたび成文化されてしまうと、これでもかと言わんばかりに徹底して遵守しようとするのである。
日本人は、確かに組織の外に向けては、明言を避け、曖昧さを残しておきたがる傾向があるが、逆に内に向けては、強迫的なまでに決まりごとを守ろう(守らせよう)とする傾向があるのだ。
今回の原発事故に関する東電の態度にしても、法よりも、内部のマニュアルや関係組織との力関係を優先する傾向が、ますます露わになってきつつある。

必ずしも「マニュアル」そのものが悪いとはいえないが、極端にそれを遵守しようとする日本人の姿勢には問題がある。
かといって、その姿勢の背後には長い文化的歴史があるため、(たぶん100年やそこらでは)おいそれと修正されるものではない。
ということはつまり、結局は日本人と「マニュアル」とは、相性が悪いと考えるべきだと思う。



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現代人の病理と妖怪 - 2011.12.12 Mon

以下の文章は、2007年に『子どもの文化』という雑誌に投稿したエッセイである。

もう2ヶ月以上もブログを更新しておらず、ネタに困ってというわけでもないが、私自身にとって愛着の尽きない文章ではあるし、すでにこのエッセイをアップしている当カウンセリングルームのHPから、転載することにした。

なぜこの文章を、今わざわざ転載したくなったのかというと、最近甲野善紀先生のツイッターで紹介されていた、近代日本史家の渡辺京二氏の著書、『未踏の野を過ぎて』に刺激されてのことである。
実は、この本は読み始めたばかりなのだが、冒頭から膝を打ちたくなることばかりが書かれていて、その気持ちを解放したくてたまらず、こういう形で表すことにした。

ぜひそちらのほうもお勧めしたい。
カウンセラーといっても、実情としては、ほとんど世間の風潮の矛盾・歪みと戦っている私としては、迷ったときにそこに帰って来たいと思う、そうした内容の著書である。




現代人の病理と妖怪 (雑誌 『子どもの文化』 2007 年10 月号掲載文を加筆訂正)

ここ数年来 “妖怪ブーム”といわれ、『妖怪大戦争』や『ゲゲゲの鬼太郎』といった、妖怪を題材にした昔ながらの映画やテレビの作品がリメイクされています。
しかし、今さらあらためて“妖怪ブーム”と言われてもあまりピンとこないほど、妖怪の話は、絶えず説話や映画や漫画、それに都市伝説という形で表現され続けてきました。

何ゆえ“妖怪”は、かくも人の心をとらえつづけるのか、また、現代人のいかなる心性が、今、妖怪ブームを引き起こしているのか、それを心理学の立場から考えてみよう、というのがこの小論の目的です。

それにしても、そもそも“妖怪”とは何なのでしょうか。
私は、その文化人類学・民俗学的分類については専門家ではなく、また紙数も限られておりますので、くわしく述べることは差し控えたいと思います。
代わりに、「妖怪学」の素人であることにむしろ開き直って、私の身近な人々の見方も含め、ごく主観的な立場から、一般的な印象の範囲で、“妖怪”とは何かについて考えてみたいと思います。
というのは、心理学という立場からすれば、しばしばそのほうが有用な手段となることがあるからです。


妖怪とそうでないものの境目

私が勤務している大学で、一度妖怪について授業をおこなった時、スタジオジブリ作品のキャラクター「となりのトトロ」は妖怪だと思うか、と学生に質問してみました。
すると、約50 人ほどの受講生のうち、トトロは妖怪だと思うと手をあげた人はわずか6、7 名で、さらにその半分ほどが、首をかしげながらおずおずと手をあげていました。
きちんとした調査ではありませんが、ためしに「砂かけばばあは妖怪だと思いますか?」と聞いてみると、全員が手をあげたので、「トトロは妖怪とはいえない」と考えた学生が多かったのは確かなようです。

一方、別の場面で「映画『呪怨』の亡霊は妖怪か」と、学生・社会人あわせて約10 人ほどに聞いてみたところ、「妖怪じゃない」とほとんどの人が答えました。
逆に「妖怪だ」と答えた2~3 人は、例外なく、「幽霊も広い意味では妖怪に入ると思う」といった条件つきでした。
一般的な印象としては、“妖怪”の範囲ってそれほど広くはないんだな、と、私は感じました。
かく言う私自身もまた、トトロも亡霊も、ある特殊な分類をすれば妖怪と言えるが、少なくとも「妖怪っぽくない」という印象をもっています。

では、このあたりのことを踏まえると、さまざまなこの世ならぬ存在のうち、どういった特徴をもつものが、ごく一般的には妖怪だと思われていると言えるのでしょう。

私が考える「妖怪か妖怪じゃないか」を決定する要因として、まず最初にあげたいのは、亡霊と妖怪の違いに関するものです。結論から言うと、妖怪の「自然性」と「非人間性」とでもいえるでしょうか。
亡霊とは、言うまでもなく死んだ人間の霊魂、すなわち、極言すれば、ただ死んで肉体を失ったというプロセスを経ただけの、人間そのものです。
だから、そのイメージはしばしば、人間として生きていた頃のネガティブな感情、すなわち恨みや無念と直接に結びついています。

それに対して、妖怪のイメージは、人間に似た部分はありつつも、むしろ動物的であったり、人の意志ならぬ自然の作用としての性格が、強い場合が多いようです。
もちろん、人間の霊魂や想念が介在している妖怪もありますが、それらにしても、動物や器物にとり憑いてそれらと融合していたり、さらには「歳を経る」という要素が加わるなどして、すでに人間性は失われています。

実際、妖怪という存在は、しばしばアニミズム信仰と関連づけて説明されます。
アニミズムとは、動植物を含むすべてのもの、とくに自然界にあるものに精霊(アニマ)が宿っていると考える原始的な信仰形態です。
しかし、心理学の立場から言うと、アニミズムとは、単に昔の人々の信仰形態を意味するだけではなく、現代人を含む、すべての人間が普遍的にもっている心理的傾向、つまり元型的* な傾向です。
たとえば、昔の信仰形態など知らない、小さな子どものごっこ遊びにおいて、動植物や器物は、しばしば名づけられたり、おしゃべりしたり、遊んだりする存在となります。

ただ、この要因については、より学術的な検討が必要で、私の主観まかせにお話しするわけにはいかない問題なので、これ以上は触れないでおきましょう。
*元型的……ユング心理学の用語

次にあげたい妖怪の決定要因は、まさに「妖怪」という文字に関係しています。
つまり、「妖しいか、妖しくないか」という点です。
これは、主に「トトロは妖怪に入らない」という一般的印象と関係があります。

「妖(怪)しい」という言葉は、「不気味、あるいは得体の知れない様子」という意味を含んでおり、まずふつうはポジティブな意味では用いられません。
「となりのトトロ」は、たしかに会おうと思っても会えるとは限らない、ある種の不安定さはもっているものの、人間に対して害を及ぼさないばかりか、好意的な人間が困ったときには必ず助けてくれるという、きわめて安定したイメージを帯びています。
自然そのものの、人間から見てポジティブな側面だけを象徴している存在なのです。
つまり、トトロが何ものなのかはっきり言えないとしても、感情の面からいうと「得体が知れない」という表現は当てはまらない、明るさと確かさがあるのです。

たとえば、妖怪の代表ともいえる河童は、一人で歩いているときに、いきなり道に飛び出てきて「相撲をとろう」と言ったりします。
また、砂かけ婆は、森などの木の上から道行く人に、ただ砂をかけるだけです。
つまり、単純に恐ろしいと言うより、わけが分からない不気味さのほうが前面に出ています。
このように、「得体が知れない」といった感覚が、いかにも「妖怪っぽい」性格の一つであるように思うのです。

日本の昔話に、「こぶとり爺」というのがあります。
この話が最初に文献で確認される時代は古く、鎌倉時代初頭に編纂された『宇治拾遺物語』に、すでに、現在伝えられている「こぶとり爺」とほぼまったく変わらない内容で、「鬼に瘤取らるる事」という話が収められています。

ご存知のように、この話には大勢の鬼が登場しますが、この時代に “鬼”という場合、牛の角をはやし虎皮のふんどしをはいた青鬼・赤鬼といった、現在の鬼のイメージではありません。
むしろ、百鬼夜行図に見られるような、この世ならぬ異形のものの総称と考えるべきです。
実際『宇治拾遺物語』では、鬼たちを「一つ目、口なしなど、口では言いようのないような姿の、異形の者ども」と表現しています。
つまり、こぶとり爺は、いわゆる妖怪たちの輪の中で踊ったのです。

この話に登場する妖怪たちは、人間から見て、まさにとらえどころがないと言ってよい役割を果たします。
というのは、初めの爺はみごとに舞えたおかげで、悩みの種であったこぶを取ってもらえますが、となりの爺は、ただ踊りが気に入られなかったために、逆にもう一つこぶをくっつけられてしまいます。
しかも、妖怪たちには、恩寵や災厄を与えた意識も感情もありません。
この、恩寵をもたらすこともあれば、災いをもたらすこともあるというイメージの不安定さにおいて、これらは妖怪の特徴を非常によく表していると言えます。

以前、全国の小学生の間で口々に伝わり、社会現象まで引き起こした「口裂け女」もまた、「わたし、きれい?」という問いに対する答えいかんで、殺されてしまう場合もあれば、逃げられることもあるといわれる点で、妖怪独特のこうした性格をもっていると言えるでしょう。

私がこの小論で主に取りあげたいのは、この妖怪の二番目の特徴、つまり、「妖(怪)しさ」と、現代の日本人の心理的傾向との関係です。
では、まずそれに先立って、私が感じている現代の日本人に特徴的な心の傾向について、おおまかに述べることにしましょう。


現代人の不安の中味

私のように、カウンセラーと呼ばれる職業の人々は、とくにここ15 年ほどの間に急増しました。
それについては、さまざまな要因をあげることが可能ですが、私にとっては、1995年の前半、わずか2 ヶ月あまりの間に起きた2 つの悲惨なできごとが、臨床心理学が注目を浴びるきっかけとして、とくに印象的でした。
すなわち、阪神淡路大震災と、オウム真理教の地下鉄サリン事件です。

これらのできごとによって、日本人にとっては、いつの間にか、遠くの場所か架空の世界でしか起こりえないと感じるようになっていた、自然現象の猛威・偶発性と、集団による狂気・凶暴性を目の当たりにしました。
同時に、「死」というものが、かくも身近なものであることを、すべての日本人が、あらためて認識させられました。
そして、人々の外部と内部、両方の側からもたらされた「生」の不安定感は、一気に大きな社会不安を形成しました。

ただ、それほどまでに大きな意味をもつ事件ではありましたが、それが今日にいたる社会不安の根本原因であったかといえば、大局的に見れば、やはりそれを引き出す一つのきっかけに過ぎなかったように思えます。
では、現代人の不安の背後には、根本的にどのような心理的事情があるのでしょうか。
それには、著しく増加したカウンセラーという職業人が、社会から何を期待されているかを考えれば、何らかのヒントとなるはずです。

人々がカウンセラーのもとを訪れるのは、言うまでもなく、心の病や人間関係を中心とする悩みの解消を目的としています。
では、実際それはどのような形でなされるか。端的に言えば、自らの内面をさらけ出す形をとります。
つまり、家族すら理解していないような本当の自分について語り、他の誰かにきちんと知ってもらうプロセスの中で、自分を取り戻そうとするわけです。

自分とは何ものなのか、これこれが自分である。そのような意識のことを自己同一性(セルフ・アイデンティティー)といい、それが安定しているかいないかは、さまざまな神経症の病理と深くかかわっています。
実は、このアイデンティティーがしっかりと確立されるためには、自分以外の人たちから自分がどうとらえられているか、どう思われているのか、それが分かっていることが極めて重要な条件となります。
ですから、カウンセラーが来談者の本質的なありようを正確にとらえ、それをきちんと肯定して伝えることは、多くの場合、その人がアイデンティティーを(再)確立していく上で、少なからざる影響を与えます。

一方、今という時代の一つの特徴は、過去のあらゆる時代と比較しても、他者との親密なかかわりが、極端に少なくなったということがあげられます。
その原因は、一家族の人数が平均的に減少したことに加えて、とくに都市部における「小さな地域社会」の崩壊、つまり、以前ほどご近所づきあいが行なわれなくなったことが大きいと、私は考えています。

40~50 年前だと、ご近所づきあいは、しばしば何代にもわたる長いつきあいでした。
たとえば、ある近所の子どもを見ても、あそこのお父さんは小さい頃からこういう性格で、お爺さんお婆さんはこういう人だった。あの子はお爺さんに仕草までそっくりだ、といったぐあいに、お互いに背景までが自明で隠しようのない世界でした。
つまり、家族とまったくの他人との間に、半家族とでも言うべきご近所の人たちがいた、それが小さな地域社会だったのです。
よちよち歩きの子が、親も知らない間に近所の家でご飯をすませていた、などというのも珍しい話ではありませんでした。
そのような世界だと、たとえ親が極端にわからず屋であったとしても、近所の誰かは自分のことを理解し、同情してくれている、という場合も多かったことでしょう。

以前、大阪のとある町で道に迷ったとき、地理的な偶然から、その土地の住人以外はまず通らないような構造になっている、住宅地の一画に入り込みました。
そこではまず、公園でもない道路上で遊んでいる子どもたちが目につきました。
それに、エプロンをしたまま玄関口で話し込む奥さんたちも、あちこちにいました。
彼らの表情はすごくリラックスしていて、玄関が開けはなたれたままの家も多く、昭和四十年代くらいまではいたる所で見られた、懐かしい情景を思い起こさせました。

しかし、子どもたちもお母さんたちも、ただ歩いているだけの私の姿を見るや、ほんの一瞬ですが、一様に緊張した表情を見せました。
さらには、怪訝そうにこちらを見るお爺さんや、私の真正面に仁王立ちとなり、目と口をまん丸にして、びっくりしたように私の顔を見上げる小さな女の子までいました。
ああ、私は侵入者なんだな、と、自覚せずにはおれませんでした。

そう気づいたとき、その一画全体は、まるで一つの大きな家のように感じられました。
ご近所同士でかかわっているときの彼らのリラックスと、私を見たときの緊張とのギャップは、私に現代人の不安の構造を垣間見せました。
人は、何を考えているのか読めない人間が、苦手なのです。

最近、とくに集合住宅の住人で、「隣人の出す音が気になる」という相談が増えています。
同じ壁越しに聞こえてくる生活音でも、家族の出す音であれば、(もちろん、家族関係にもよりますが)さほど気にはなりません。
また、同じ他人の出す音でも、たとえば、親しく付きあっている隣人の風呂場から聞こえてくる子どもの笑い声は、かえって心を和ませるでしょう。
それは、相手がどのような人なのかよく知っているばかりでなく、お互いに好意的だということが分かっているからです。

隣人の生活音が気になるという反応の背景には、壁一枚向こうの他人の生活領域が「異界」と化している心理的事実が隠されています。
つまり、周りに住む人々はすべて、何を考えているのかまったく分からないよそ者(ストレンジャー)であり、自分もまた彼らから見て、よそ者の一人なのです。
つまり、現代人の不安のもっもと大きな要因は、周囲の人々が何を考えいるのか、また自分がどう思われているのかも分からない、という点にあると考えられます。

いったい何が小さな地域社会を壊し、現代をこういう世界にしたのか、多くの要因が考えられますが、ここでは二点あげたいと思います。
まず第一に、膨大な自動車の交通量です。
私は大阪の下町、浪速区日本橋で生まれ育ったのですが、子どもの頃、家の前の道路がアスファルトで舗装されたときに、大切な何かが音を立てて崩れ去るのを、はっきりと感じました。
それは、他人の自動車が自分たちの生活空間に入り込むことを意味しており、その瞬間に、そこはもはや「自分たちだけの土地」ではなくなったのです。

そしてその結果、ご近所全体に広がっていた日常生活の空間の境界線は、各家の内側にまで縮められてしまいました。
言いかえるならば、よそ者が常に入り込んでくることで、小地域社会のつながりはズタズタに分断されたばかりでなく、子どもたちは怖くて外で遊べなくなりました。
また、とくに私などは内向性の強い子だったので、外遊びといっても、泥団子づくりのような静かな遊びばかりやっていましたが、そういった自分の中に籠もれる遊びは、家でしかできなくなりました。
サッカーやキャッチボールなど、どちらかといえば外向的な遊びしかできなくなったのです。
やがて、近所の道路で遊ぶ子どもたちの姿は消え去り、子ども同士のつながりが薄くなったせいでしょうか、近くの神社の祭りが盛り上がらなくなり、形ばかりとなってしまいました。

第二にあげられるのは、企業が何の疑問ももたずに続けている「転勤」という制度です。
家庭崩壊の背後に、父親の転勤にともなう引っ越しがからんでいるケースはきわめて多く、たとえば、小学校時に幼馴染みと引き離された体験が、思春期以降の引きこもりの原因になっているなど、例をあげればきりがありません。
住む土地とは、慣れ親しんだ人間関係を含む、心理的な意味での生活基盤そのものであり、転勤によっていつそれを突然に奪われるか分からないという不安は、どれほどの深い病理を形成するかはかり知れません。


現代人の内なる妖怪

前々節であげた、妖怪の「妖しさ」という特徴は、妖怪が何らかの不可思議さ・不可解さを象徴する存在であることを物語っています。
昔の人々にとっての不可解の対象は、主に、時として奇妙な動きを見せ、またある時には凶暴な力をふるう自然現象でした。
人々は、心の内側から妖怪という存在を生み出すことでそれらを説明し、不安を少しでも軽減するばかりでなく、自然の中に、共感し愛すべき側面をも見出そうとしたのです。

今日、自然科学の発展により、大部分の自然現象は、文学的想像力の助けをかりることなく説明されますが、では、それによって人々の不安が小さくなったかといえば、まったくそうは言えません。
新たに「隣人」という不可解なる生き物が、周囲を取り囲むことになったばかりでなく、人間関係の遮断にともなって、自分が何ものであるかすら分からなくなってしまったからです。
大学生の相談申込書に、「自分のことが知りたい」と書かれてあるケースの、いかに多いことでしょうか。

現在の「妖怪ブーム」とは、自らの内なる不安定さと、文明社会の機械化と管理化によって、加速度的に進んでいく人間性蹂躙の流れに対する恐怖が、一つの形をなしたものではないかと思われます。

ただ、ここで一つ断っておきたいのは、人間関係の遮断にともなって生じた現代人の不安について、私がただただ悲観的な見方ばかりしているわけではない、ということです。
もちろん、そのことが喜ばしいという意味でも、いつまでもそのままでよいという意味でもありません。
ただ、人間という存在が、あくまでも精神性の深まり・広がりを希求するものであるとすれば、現代人がかかえる不安は、どうしても避けて通れないプロセス、ある種の必然でもあると感じるのです。

述べてきたように、小地域社会の崩壊が、現代人の不安の要因となったことは確かですが、一方、それらが人々の精神的安定を支えうるものとして、すでに限界に達していた可能性も高いように思います。
というのは、それらが不合理な因習を生み出し、個々人の個性を抑圧し、その発芽と発展を妨げていたことも否定できないからです。
言いかえるならば、小地域社会とは、「真に自分として生きる」という、ややこしい難事業から遠ざけてくれるエデンの園であったという点において、価値があったともいえるのです。

カウンセリングという仕事を続けていると、学歴や利益の優先というテーゼに適応している大多数の人たちよりもむしろ、そこから脱落せざるをえなかったクライアントの方々の中に、真に自分として生きようとする、人類の新たな方向性の萌芽を見出します。
また、「妖怪ブームは、内なる不安や恐れのあらわれだ」と言いましたが、それと同時に、内なる不安や恐怖を見据え、乗り越えていこうとする人々の動きの一つに他ならないと、私は思うのです。

<了>


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サルと人間-ツイッターより - 2012.03.15 Thu

一昨日と今日のツイートが、思わず力作になった。
これはちょっと残しておきたいと思ったので、そのままこちらに転載しておこうと思う。
上から下にお読みください。


本日のツイート


サルの生態学の本によれば、ニホンザルの群れでは、順位が直線的に序列化していて、例えば一つのえさを2匹のサルが目の前にしたとき、例外なく順位が上のほうがそのえさを取る。

また、順位を誇示する行動がよく見られ、上位のサルが下位のサルをちょこちょこいじめるのだが、いじめられたほうは、その直後に、自分のより下位のサルをいじめるのだそうだ。クライアントの方々からよく聞く、多くの企業内部の上下関係そのものである。

ところが、それがチンパンジーやゴリラ、つまり類人猿になると、そうした単純な行動様式ではなくなる。チンパンジーでだと、一応序列はあるものの、そうした葛藤状況つまり喧嘩が生じることは仲良くなるための一つのチャンスですらある。

上位のものが下位のものに対し、自分からご機嫌を取りにいったり、下位のものが攻撃を加えることもありつつ、仲直り行動をすごく丁寧にするのだそうだ。

このことを読んでいて、正直空恐ろしくなった。企業のみならず学校でも、スクールカーストなる序列の明確化という現象が起きているが、それはつまり、日本人の社会性のレベルが、類人猿の段階をも通り越して、ニホンザルの段階にまで退行してしまっていることになるからだ。

ニホンザルの群れでは、基本的に後から群れに参入したものが最下位の序列に加えられるということだから、それはある意味儀礼的お約束と言ってもよく、人間社会のほうがより一層たちが悪いようにも思えるから、下手をすると文字通りサル以下ということになる。

昭和中期頃までのドラマなどを見ると、いわば凡庸な人々が、複雑かつ高度な人間関係を描き出していて、その行動様式の多くは、今日ではほとんど見られなくなったものが多い。つまり、かつては明らかにやれていたのである。

日本人はなぜそれができなくなったのか。私にとって理由はほぼほぼはっきりしている。他人や親戚といった、核家族以外の人々と接し交渉する機会が、地域社会の崩壊に伴って激減してしまったためであろう。

例えば児童虐待の背後にも、こうした、人間関係を単純な序列でしか捉えられなくなってしまったという状況の他に、「子育ては親がするもの」という誤った観念・環境のために、子育ての負担が大きくなったという事情がある。(子育ては本来、地域や親類全体で行うものである。)

ということは、これからの日本人が目指さなければならない方向は、ある程度はっきりしていると言える。自然と他人と接する機会が増える方向に導くことだ。ただしそれは、「他人とたくさん接しましょう」という呼びかけでは断じてない。

努力を促す呼びかけは、常に虚しいからである。それどころか、最小限の労力で最大限の効果・利益を得ようとすることは、生命体が本来備えている一種の叡智ですらあるのだから。

例えばその方法として、考えることはある。荒唐無稽な話なので、めったに公の場所では言わないことだが、まあ1回だまされたと思って、人間の居住地の地面から、アスファルトをはがし、土の地面を回復させてみろと言いたいのである。

つまり、家の前で子どもが遊べるようにするべきなのである。

忘れてしまっている大人は多いが、アスファルトと土の地面では、遊びやすさが断然違う。土の地面という上質な共有物を通じて、はぐくまれる他人との絆は強い。ブログでは何度かそのことを書いた。
http://kohocounsel.blog95.fc2.com/blog-entry-47.html

「昔はよかった」とどれほど言ってみても、確かに時代そのものは逆行しない。しかし、どうしても戻らなければならない部分があるのであれば、やはり戻すしか道はないはずだ。私には、それが絶対に不可能なことだとは思えない。

日本人の、複雑で高度で粋な人間関係のありようを知りたいと思われるならば、ぜひ池波正太郎の『鬼平犯科帳』をお勧めしたい。



一昨日のツイート


最近、サルの生態についての本を読んでいる。心理学者は、まずもって動物行動学、動物生態学をきっちり勉強しておく必要性を、あらためて感じる。実験心理学の一領域ではマウスやラットを使っての実験を行うが、人間を含む動物の集団行動、社会的行動については、心理学者の知見は明らかに弱い。

チンパンジーやゴリラといった類人猿は、遺伝学的には当然人間に近いが、どのくらい近いのかというと、他のサルと類人猿の距離よりもはるかに近い。だからチンパンジーやゴリラは、ヒト科に属するのである。

そもそも人間の行動様式の基本的な部分は、サルであった頃の樹上生活によって育まれたものであるという。

先ほど見ていたビデオで、ムツゴロウさんの一番好きな動物は「若い頃の妻」だという話が出ていたが、あの人を見ていると、「ああ、この人の目には、人間もあくまで動物として映っているんだろうな」と思うことがある。

宇宙ステーションを作り、原発を開発し、それを破綻させて放射性物質をばら撒いたのも、他人をうつになるまで叱責して追い込むのも、動物の行動として見る視点は必要であるに違いない。

単に非難するばかりではなく、その動物行動学、生態学的根拠、つまりそれらの行動の、本人の意図せざる理由を考えなくてはならないと思うのだ。

東日本大震災1周年の昨日、原発反対集会が開かれた。もちろんこれはこれで大切なことだが、「よくないことはやめよう」という訴えは、その対象の反感を刺激するために、しばしば虚しく終わってしまう。

「ずるいことはするな」といくら訴えても、ずるい者はどこまで行ってもずるく、それはおそらく生涯変わらない。しかしそのずるさにも、動物の行動としては一定の根拠があるのである。その根拠を知り、「人間が比較的ずるい行動を起こしにくい」性質の社会を形成していくことを考えねば。

※参考文献 山極寿一(日本霊長類学会会長)『暴力はどこからきたか』NHKブックス

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生きた共同体を夢見る - 2012.03.22 Thu

今回もツイッターの連作を記事としてアップすることにする。
やはりツイッターはリアルタイムの気持ちを表現しやすく、当分この形になりそうだ。



サルの生態学者、山極寿一『暴力はどこからきたか』(NHKブックス)ようやく読了。カウンセラー・臨床心理学者にはぜひお薦めしたい本。

人類は100万年単位の時間をかけて、群れを作り、その中で社会性を発展させてきた。それがほんのここ数10年の日本では、おびただしい自動車の交通量とアスファルト舗装によって、子どもの集団遊びができなくなり、ひいては生きた共同体そのものが見る影もなく崩壊させられた。

子どもの集団遊びは、それがそのまま幼馴染みの集団となり、やがてはそれが親同士の関係とも絡み合って地域を支える基盤となる。

子どもの集団遊びといっても、それは必ずしも楽しいばかりのものではなかった。時として諍いが起こったり、一時的な仲間はずれのようなことも起こっていた。しかし生きた集団においては、やがてそうした争いごとは「仲介者」と何らかの「仲直り行為」によって修復された。

今の10代の子ども達には想像しずらいものがあるかもしれないが、諍いと仲直り行為によって、集団の結束はより強固なものとなって行ったのである。

地域社会の復興は、たとえば自治体が旗を振ってできるものではあるまい。自然発生的な形で、子どもの集団遊びが発生する環境を、再び作らねばならないのだと思う。

今の小学生達が仲間と一緒に走り回ろうとすると、サッカークラブや野球クラブに所属し、毎回親に送り迎えしてもらって、怒鳴られながら厳しい練習に耐えなければならない。いうまでもなく、それは自然発生的な遊びの集団とはまったく異質なものである。

自らの欲求と意志によって集まり、遊びつくして感情を満たすという目的が中心にあり、なおかつ(よほど大きなことがない限り)大人が一切関与しないという条件があってはじめて、それは子ども達が社会性や身体の動きを育む場になる。

これは懐古主義から言うのでないことはいうまでもない。しかし、こればかりは必ず元に戻さなければならないはずだ。「時代を戻すことはできない」などと嘯いてはいられないことである。

町を、子ども達が集団遊びできる環境に戻すためには、捨てなければならない便利さはたくさんあると思う。しかし、その便利さよりも子どもの社会性を育むことのほうが大切であることを、大人たちがどの時点で気づくことができるか、これが問題だ。

故郷とは、単なる物理的場所のことではない。兎追いしかの山も、小鮒釣りしかの川も、人と人の生きたつながりという基盤を含む「故郷」という総体の「象徴」なのである。

ことさらに触れなかったが、学校そのものは決して子ども達の共同体意識、社会性を育まない。なぜなら、そこは大人たちが子ども達に対して、何ものかを押し付け管理する場に過ぎないからだ。

ただし、学校の友達と放課後、自由に集団遊びできる条件が整っているならば、学校は貴重な出会いの場ということになるだろう。また、それぞれの自由意志によって育まれた絆は、学校という場へもフィードバックされるだろう。

折に触れて政治家から「教育改革」という言葉が発せられるが、私は一度としてその言葉に期待を寄せたことはない。本当に教育改革を目指すならば、放課後の子ども達がすごす環境という次元から、解体・再構築する必要があるからだ。そのことに気づいている政治家を、私は見たことがない。

よしんば気づいていたとしても、それを実行するのは、裸足でヒマラヤに登頂するがごとき困難さを伴うだろう。そのことが、私をこの上なく憂鬱にさせる。


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違う性格の者同士がうまくやる - 2012.03.27 Tue

本日のツイッターより

ある企業研修の一環としてカウンセリングを受ていた人たちが、感想文を送ってきてくださった。共通して、「自分はこのままでいいんだ。他人も変わらなくていいんだ。違う性格の人間が、お互いうまくやっていくやり方があるんだと知った。」と書かれてあったことに感激。それがコミュニティ!

私が昔の地域社会(ご近所づきあい)のことなどについて書くと、昔の人間関係は楽で楽しいものだったと想像する人がいると思う。けど、実際にはしんどい部分もたくさんある。むしろそのしんどい部分があるから、性格の違う者同士がうまくやっていく方法を身につけることができた。

他人と関わることにあまり興味の強くない内向型の人は、昨今では異常扱いされる傾向がある。これは、集団を牛耳る強い外向型の人間が、自分の価値観でしか人を見れなくなったためであろう。

昔のコミュニティは、半ば自発的、半ば強制的に参加せざるを得ないものであり、1~2歳の頃から、まったく性格の違う人と接する機会をたくさん与えてくれた。性格の違う人を受け容れる能力は、社会性の重要な要素だ。

ということは、外向的な性格だからといって、必ずしも社会性は高くないのである。昨今の人間集団においては、単に彼らが支配的な立場に立っただけに過ぎない。

企業内部において、それまでずっと事務方だった内向型の人が、営業(外交)の部署などに転属させられてうつになるケースが後を絶たない。逆に、内勤に移された人が屈辱のあまり(屈辱というのもどうかと思うが)うつになるケースもある。

「適材適所」というのは、すでに死語なのではないかと疑う。


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コミュニケーション能力と社会性の違い - 2012.05.06 Sun

先月、うちのHPリニューアルの作業の合間に、昼間のカウンセリングで感じたことを急にツイートしたくなって書き込んだところ、30本ものRTをいただきました。
これまでになかった数なので、「そう思っている人は多いんだなあ」と思い、時間はたっているがこちらでもアップすることにしました。




それにしても、社会性とコミュニケーション能力とは本来別物だということが、ここのところ自分の中でどんどん明確になってきている。空気が読めなきゃ社会と関われないということ自体、社会そのものの社会性が低下している兆候と見るべきだ。

数年前に『電車男』が映画化され、コミュニケーション能力の高くない人たちが市民権を得てきたのかと思ったが、大きな間違いだった。それは、ますます強まる彼らへの蔑視の裏返しだったんだ。

社会は、「いろいろな人たち」がのびのびと住めなくなるほど、許容力が小さくなってしまったのだと思う。

いわゆるコミュニケーション能力が高いといわれる人たちは、基本的に、単に性格が外向的であるというに過ぎない。



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最近の不穏な空気 - 2012.09.26 Wed

本日のツイッターより

8月から、おしなべてクライアントの方々の抑うつが強い。夏の情緒がなく、ただただ暑いばかりの夏だったことと関係があるのだろう。身体レベルで起きていることに関しては、自分のその状態を甘んじて受け入れるより他ない。

で、世の中全体でそういう抑うつ的な状態が続くと、決まって他罰的な性格の連中が抑うつ感を解消しようとして、他人に対する不当な攻撃を始める。そう思っていたところへの竹島・尖閣諸島の問題、反日の動きである。

最近では、これに関するTVニュースをほとんど見てられない。自分の怒りをもてあますからである。

9月後半になって、さらに抑うつの強くなっている方も少なからず見受けられるが、反日暴動(あんなのはデモじゃない)で深く傷ついていることが、けっこう大きな原因になっているのではないかと思う。

しかしそれは、傷つきというよりも、強い怒り・攻撃性が行き場を得られず、内向してしまっているからと捉えるべきである。

うつとは、攻撃性が内向している、つまり自分に向かってしまっているためであるという面が、非常に強い。だから、ぷんぷん怒り続けている人はうつにならない。逆に、そういう人が急に怒らなくなったら、危険なサインであるとも言える。

怒ることができるようになると、うつはかなり解消するが、必ずしも他者(自分に理不尽を押し付けた人)に対して怒りをぶつけるべきだというわけではない。

理不尽を押し付けてくるタイプの人のほとんどは、そもそもなりふり構わず弱者を攻撃できる人なので、こちらから直接怒りをぶつけると、まあたいていは逆襲を喰らい、前よりもさらに落ち込んでしまうことが多いからである。

相手にぶつけないまでも、怒りを覚えておくことが大事なことで、たとえば会社の上司が困った人である場合、同僚と酒を飲んで悪口をいうのもいい方法だ。

弱々しい対症療法ではあるが、嫌味を言われた後で、相手には聞こえない場所で必ず「チッ!」と舌打ちをするようにするだけでも、意外と効果があることもある。

うつで来談される方々は、まず最初の段階、すごく無理のある自己否定にとらわれているが、否定の剣をきっちり不当な相手に向けられるようになってくると、当然筋の通らない自己否定はなくなってくる。そして、そうなってくるとその人たちは、どことなくブラックな雰囲気をまとい始める。

うつになりやすい性格の人は、当然ながら自罰型の性格の人が多いが、実は、本質的には攻撃性の強い人が多いのである。このブラックな雰囲気をまとい始めた人を見るのは、すごく楽しい。

大切な補足をしなければならない。理不尽を押し付けてきた人に対して、決して仕返しや反論をしてはならないという意味ではない。充分に根回しして、それができる状況が作れたら、もちろんそうする選択肢もある。

で、私の場合どうしたかと言うと、勤めていた大学で考えられないほど不当な目に合わされた時、退職のこともその後のこともすべて描ききった上で、超絶猛反撃をした。

相手が大学の要職だったで、理事長まで完全に味方につけた上で、それをやったのである。

それによって立場が悪くなることは百も承知で、それでもうつになるよりはましだから、仕方なくしたことだ。

カウンセラーである私は、どうすれば自分がうつになり、どうすればならないのか、嫌になるほど知っているのである。

他人からひどい理不尽を押し付けられて、うつにならない方法は、きっちりと怒るか、自分も他の弱者をいじめるより他、方法はない。

私が弱い者いじめができる人間になった場合、私は間違いなく、隠された形でクライアントにサディズムを向けることになる。

それは言うまでもなく、カウンセラーとして致命的なことだから、だとするともう、理不尽を押し付けてきた相手にきっちりと返すより他、道はなかったのである。

まあ私の眼から見ればということだが、今の時代、人格的にまともな人は怒っているかうつになっているかのどちらかじゃないか、という気がする。


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国家が自信を回復するということ - 2012.10.19 Fri

近代の河川工法(すなわち西欧の河川工法)では、できるだけ頑丈な堤防を築き、水流を完全にコントロールする。
対して日本の伝統的な河川工法においては、増水の際に、一定以上水位が上がらないように、水の逃げ道、つまり堤防にわざと低い部分を作る。

もちろん河川の特徴自体が違うのだが、西欧式の河川工法ではしょっちゅう補修工事をせねばならず、莫大な労力・費用がかかる。
しかし日本古来の河川工法、たとえば武田信玄が行った山梨県釜無川の信玄堤などは、手を加えないでも、400年以上経った今でも機能している。
さらには、逃がされた水は、単に放流されたにとどまらず、森の豊かな養分を耕地にもたらすという面も持っていた。

明治の初期、オランダから招聘された土木技師のデレーケは、この日本の技術に驚愕した。

ところで、日本の伝統的な治世の感覚においては、民衆を「水」と捉える面がある。
もともと、為政者にとって治水と治世は切っても切れない関係にあったが、それらは質的にも同じものだったのである。
たしかに、民衆に高度な論理は通用しない。
水のごとく、ただ高きから低きに流れるばかりだが、それは時として恐るべき破壊力をも生み出す。

だから日本の感覚では、民衆を統治する際にも、絶対的抑圧を加えない。
民衆にストレスを溜めさせることの危険性を知っているからだ。
むしろある程度の余裕や楽しみを与え、何かを強制しなくとも、民衆の方が進んで従ってくれるような方法を好むのである。



最近、やはり日本人として知っておかなくてはならないという気持ちから、尖閣諸島や竹島のことを調べるうち、当然ながら南京大虐殺や従軍慰安婦問題にも行き当たった。
細かく知れば知るほど、それらが完全に捏造されたものであることがはっきりとし、さらには、むしろ当時の日本軍は、世界でも類を見ないほど統制が取れ、占領地の人々に寛容であり、略奪や強姦に関する軍規において、非常に厳格な集団であったことが見えてくる。

私は決して、日本軍は善意の集団であっと言いたいわけではない。
ただ、そのような仕方の方が占領地の人心を掌握し、統治しやすいことを知っていたのだろうと思うのである。

実際、日本の統治下にあった当時を知る台湾の人々が、日本に対してきわめて好意的なのを見ると、そうしたことにも納得がいく(いうまでもなく、基本的に台湾の反日活動家は中国人だ)。
近い記憶で言うと、イラクにおける日本の自衛隊の派遣においても、結果的には、引き上げ時に、帰らないでくれと現地の人々の間でデモが起きたほどだ。

我々が繰り返し刷り込まれてきた非道な日本軍の姿は、こうした認識を通じて、私の中でかなり変容しつつある。
日本はその非道さのゆえに敗れなければならなかったのではなく、むしろ、アメリカのように想像を絶する非道さをやってのけることができなかったというのが、敗戦の一因ではなかったかとすら思う。



事実として、アメリカを除き、中国軍ほど多く虐殺ということを行ってきた軍隊はないし、一方韓国軍についても、ベトナムにおける強姦の多さは異常なほどだった。
つまり、自分たちのやりそうなこと、その感覚を、日本軍に投影しているように見える。

そして今度はアメリカである。またしても沖縄において、アメリカ海兵隊の兵士が強姦事件を起こした。
以前から疑問だったのだが、沖縄の基地移設問題において、どうしてこうしたことがあまり表立って論じられなかったのだろう。
沖縄に駐留するアメリカ兵の態度が現地の人々にとって歓迎するべきものであったならば、事情はまったく異なっていたはずである。

私はここで、地位協定という外交上の問題の是非について論じているわけではない。
人としてもっと根源的な人間関係上のスキル、たとえば礼儀といったものについて話しているのである。
世界中に散らばるアメリカ軍の兵士が、方々で捕虜の虐待などを行なっているのを見ると、やはり「アメリカにあらずんば人にあらず」とでも言うべき超大国の傲慢さを感じずにはおれない。
もちろん、キャンプ内に現地の人々を招いてイベントを行うなど、ちょっとは融和的な策もほどこしているのだろうが、片手間感がありありである。

「制するためには緩め、喜ばせる」という一種の逆説的発想に、いまだに至っていないという点で、私にはアメリカも中国も、とても先進国には見えない。
ただ、悲しいかな日本も世界の風潮になびき、「制するためにはひたすら抑圧する」という傾向が強くなってきているように思えてならない。



カウンセラーの公式ツイートで、外交問題などを論じることについては、違和感を覚える人は少なくないと思う。
実際、心理学的なことを書かずにこういう問題ばかり論じていると、若干フォロワーも減ってくる。

しかし私は、もちろんこれらのことを、あくまでもカウンセラーの立場で論じている。
なぜなら、精神疾患や人間関係の問題と、国家の外交問題とは、すごく深い関係があるからだ。

大砲を突きつけられての開国、太平洋戦争における敗戦、東京裁判などの外圧によって、日本人はすっかり自国の国民性に自信をなくし、卑屈になってきた。
かつての全共闘における、いわゆる「自己否定」などはその極みであった。
彼らは、日本国および民族は償いきれない犯罪を積み重ねてきた醜悪な恥晒し国家・民族であり、その存在価値が全くないので、自らを積極的に否定しなければならないのだ、と主張する。

卑屈さというものを払拭できたとき、人の人格には、ピッと芯が通る。
このことは、国家レベルにおいても同じだ。
逆に言うと、卑屈さがあると、怒りや攻撃性、毅然とした態度を表に示すことができなくなり、それらはすべて内部へと向かう。
つまりそれらは内部の弱者へと向かうので、企業のレベルで起きるとパワハラの頻発ということになるし、家庭のレベルで起きると児童虐待となる。
そして、個人の内面で起きると、うつや摂食障害、自傷行為となる。

個人のレベルで起きた場合、つまりうつなどにおいては、それは純粋な意味での自己否定ということになる。
それはもちろんいいことではないが、突き詰めると、不当な形で他者に迷惑を及ぼしていないので、救いがある。
ちなみに、うつの人間は迷惑だ、という人は多いが、そういう人はそもそも人をうつにさせてしまっている立場なのだから、私に言わせれば自業自得だ。迷惑がる筋合いではない。

そして、うつになぜ救いがあるのかというと、人には迷惑をかけず、ものごと非を背負い込んでいる分、本質的には後ろめたさを感じる必要がない立場にあるからだ。
だからうつの人たちは、深いところではかなり真っすぐに立っている人が多い。
あくまでも深いところでは。

それに比べて、全共闘の言う「自己否定」などは実にたちが悪い。彼らは、本質的にはちっとも自己否定などしていないのである。
だから「自己否定」という表現は、まったくもって詭弁である。
それは決して、自虐行為ですらない。

彼らが否定しているのは自分自身ではなく、あくまでも「自国民」「自国家」である。
そしてそれは、「こんなひどい国の人間ですが、私だけは特別ですよ」という立場を恥ずかしげもなく強調する態度であり、同胞を貶めることで成り立つ、なりふり構わぬスタンドプレイであると同時に、強者(戦勝国・強国)へのへつらいだ。
歪みをもって無理矢理歪みを修正したような屁理屈である。

中国での反日暴動を受けて、大江健三郎氏をはじめとする100人単位の文化人が、この「自己否定」をやってのけたが、まさしく全共闘時代の亡霊を見るようだった。
自国を睥睨することをもって、インテリの資格証明書とするその卑劣な態度に、正直吐き気を催した。

こういうツイートの後には必ず付け加えるのだが、私は決して右翼思想の持ち主ではない。
母国が、いや、他のどの国についても、虚偽の中傷を受けることにやりきれなさと怒りを覚えているに過ぎず、韓国とも中国とも、真の友好関係を望んでいる者である。

軍事上の問題を横に置けばという話だが、たとえば尖閣諸島の問題にしたって、
「当時はまだ、この無人島をどこの国も領有していなかったのは事実だが、同時に海域に関する取り決めもない時代のことで、地下資源があるなんてことも分からなかった。だから、早い者勝ちなんて野暮なことはせずに、一旦白紙に戻して、共同管理の線を模索しようじゃないか。」
と主張してきたのならば、やはり日本は聞く耳は持たなくてはならないと思う。竹島だって同様だ。

国境はどうしても線で考えなければならないのだろうか、どちらでもなくどちらでもある、「境界領域」という考え方は、本当に不可能なのだろうか。
西欧では、さまざまな問題をはらみつつも、EUという形でそれが進んでいる。もしも極東でそれが可能になったら、それこそ世界に誇れるモデルケースになるだろうにと思う。

人間の心理構造においても、境界領域を設けることは、実はいい加減さ、曖昧さによるものではない。
論理性の本質は切断機能、つまり切り分けるという性質だが、きちんと境界領域を設けるのは、実はより高度な切り分け能力によるものだ。
直線的に2つにしか切り分けられないのは、むしろ原始的で未熟なやり方なのである。


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2015年2月28日発売
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プロフィール

kohocounsel

Author:kohocounsel
大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

なお、皆様のお考えにつきましては、できるだけ読者全員の方々とも分かち合いたいと思いますので、基本的に、コメントは公開設定にてよろしくお願いいたします。

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