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2017-11

ADHDと性格、広汎性発達障害と犯罪 - 2008.06.20 Fri

非常に興味深い記事を見つけた。
http://www.afpbb.com/article/3017791

かなり大雑把に結論だけを要約すると、主に集団行動において問題の生じる発達障害の一種であるADHD(注意欠陥多動性障害)の遺伝因子は、ある特定の生活形態においては、むしろ優位に作用している可能性がある、ということである。

つまり、ADHDは障害というよりも、本来、ある環境に適応するために人類が生み出した、一種の「性格」かもしれないというわけだ。

かなり興奮した。
私自身カウンセラーとして、ADHDや広汎性発達障害(高機能自閉症やアスペルガーなど)の子どもたちと接するとき、常に、やはりこれは一種の性格と考えるべきではないかと感じ続けてきたからである。

たとえばADHDとされる人は、行動が衝動的であるという特徴を持つが、それは言い方を変えると、本能の命ずるままに躊躇なく動くということであり、そのような性質が優位に働く場面は容易に想定できる。
たとえば、多くの動物とともに暮らす生活形態などにおいてである。
実際、冒頭に上げた記事によれば、この仮説のための研究対象となったのは、アフリカの遊牧民だった。
他に、アスペルガー症候群の人たちの徹底したマニアックな感覚・行動パターンなども、ある種の職人やある種の研究者としては、むしろその職業が向いている特徴だといってよい。

では、こういった人たちにとって、まったく不向きな環境とは何か。

言うまでもなくそれは、集団や組織だ。
もっと正確に言うならば、平板な価値観に支配され、画一的な行動や発言を要求される集団や組織である。
その最たるものの代表は、まずもって学校ではないだろうか。

現代の日本社会の中で、ADHDや広汎性発達障害が最初にクローズアップされたのは、まさに学校場面においてなのである。

そこに適応できないからといって、彼らばかりを異常とみなして、学校の構造的矛盾・異常さに目を向けないのは、論理的に不完全といわざるを得ない。

不登校についても、本人の能力にも家庭にもさほど大きな問題のない人が不登校になってしまうケースが、最近は異常に多い。

学校側の矛盾に目が向けられていない以上、ADHDや広汎性発達障害とされる人々は、不当に異常者扱いされてしまっていることになる。

昨今、猟奇的で無差別な犯罪が社会問題となり、犯人の広汎性発達障害の可能性がよく取りざたされるが、彼らが異常だから犯罪を犯したというよりも、不当な形で学校や周囲から否定され続けた生育歴が、爆発的な攻撃衝動を引き起こしてしまったケースは少なくないはずだ。



以下が記事の全文

注意欠陥多動性障害は遊牧民には有利か、米大学研究
2008年06月11日 12:10 発信地:シカゴ/米国

【6月11日 AFP】注意欠陥多動性障害(ADHD)に関連した遺伝子が、遊牧生活においては人間を環境に適応させる影響力を持つかもしれないとの研究が、9日の生物学誌「BMC Evolutionary Biology」に発表された。

 米ノースウエスタン大学(Northwestern University)の研究チームは、ケニアの遊牧民を対象に行った調査で、ADHDとの関係が指摘されているドーパミン受容体遺伝子が、牛を放牧する遊牧民の集団においては良好な健康状態と理想的な体重をもたらす一方、最近定住して農業を営むようになった彼らの親族では栄養不良を引き起こした可能性があることを突き止めた。

 研究を主導した大学院生(人類学)のダン・アイゼンバーグ(Dan Eisenberg)さんは、「人間の数ある個性の一部が、状況に応じて進化上有利になったり有害になったりする可能性を示唆している」と指摘。「ADHDを単に病気としてではなく、適応要素の1つとして考えられるようになるかもしれない」と述べた。

 ドーパミン受容体遺伝子は、衝動や期待感、依存などに作用し、食欲やADHDにも影響していると考えられている。

 こうした遺伝子の影響に関する調査はこれまで、産業の発達した社会では行われてきたが、ヒトの遺伝子が進化してきた過程をより色濃く反映した生存環境で調査が行われたことはほとんどなかった。

 アイゼンバーグさんは、こうした対立遺伝子を持った遊牧民の少年は、家畜を守ったり食料や水を探し当てる上で力を発揮できる一方、学校に通ったり農業を営んだり、物を売ったりといった定住生活では成功しない可能性があるとしている。(c)AFP

『特徴的発達者』という呼称の提案 - 2017.07.10 Mon

ツイッターで連ツイートしたものに、多少筆を加えてこちらでもアップしようと思います。

いわゆる発達障害の人のことを、障害者と呼ぶことにどうしても抵抗がある。
その抵抗は、障害の文字を「障碍」と書き換えたくらいじゃ何ら変わらない。
で、むしろ『特徴的発達者』と呼ぶべきなんじゃないかと。

昨今の発達障害に関する知見を知り、カウンセリングを通じて彼らのありように触れれば触れるほど、その類まれな能力の高さに驚かされると同時に、歴史上偉大な業績を残した人たちで、発達障害じゃなかった人たちなんかいなかったんじゃないかと思う。

どう考えても、いわゆる発達障害者の人たちの心理的・行動的特徴は、そのありようが少数派であるというに過ぎない。
そもそも、知能指数などをみる発達検査も、普通、すなわち「多数派」であることだけが数値決定の基準なのだし。
偉大な業績を残す人たちが能力的に少数派なのは、言わずもがなである。

人の心のエネルギーには一定の限界があるのだから、何かの能力が突出するならば、どうしても能力の低い部分は出てくることになる。
その様式・構造を障害すなわち異常と決めつけることは、どうしても腑に落ちない。

彼らが障害者として急速にクローズアップされるようになった実質的な理由は、彼らの行動・思考・感覚の様式が、彼ら自身や周囲に対して困った問題を引き起こしがちになってきたからである。
それはむしろ、彼らのありようを抱え、その能力を役立てることができなくなった社会構造の悪化の方の問題なのである。

さらに言うと、軽度の能力の偏りであれば、本来は乳幼児期からの多様な人間関係を経験することによって、充分に補われるはずなのだが、こうした成長のプロセスも社会構造の悪化のために機能しなくなっている。
だが、あらゆる専門家の知見を紐解いても、いまだ社会構造の悪化と発達障害とを結びつけようとする動きは見られない。

そういった意味で、やはり『特徴的発達者』と呼ぶのが現時点では一番しっくりくる。
もっといい呼び方は出てくるかもしれないけれど。

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