ある人間集団の構造や病理を分析しようとする時、非常に有効なひとつの方法がある。
それは、その集団が始まった時のこと、つまり、どのような人たちが、どのような目的でその集団を始めたかを見るという方法である。
以前の記事で、われわれが物語を分析する方法を、「こぶとり爺さん」を題材に少し紹介したが、この場合も、最初の状況を詳細に検討しておくことは、何をおいても重要だ。
ユング派の分析家マリー・ルイーズ=フォン・フランツは、とくに、物語の最初の状況において何が欠落しているかを見れば、今から何が成長し、完成されていくかが類推できる、と言う。
たとえば、スタジオジブリ作品、とくに宮崎駿の作品においては、興味深いことに、ほとんどの作品において、母親がいない、あるいは母親の体調や性格に何らかの問題がある。
『ナウシカ』や『ラピュタ』では母親が登場しないし、『トトロ』では母親は病院に入院している。
また、『千と千尋』では、母親は母性や感情の動かない冷淡なタイプだし、『ハウル』のソフィーの母親は、目立たぬ立場でひとり家業も家事も切り盛りする内向的な娘を、歯牙にもかけず、いまだに玉の輿に乗ることを夢見ているような、派手なわりに中身の空虚なタイプである。
これらの作品では、たおやかさと強さと誠実さをあわせ持つ、大人の女性的性質、あるいは豊かな愛情をもつ母性の成長が、物語の最初から、暗に志向されていることを意味する。
しかもその成長は、当の母親自身によってではなく、次代の娘(たち)によってなされるのである。
もちろんこの公式は、情緒的な文脈のこわれてしまっている駄作には当てはまらないことだが。
興味深いことに、こういった公式は、現実の世界においても当てはまる。
うつになった人々は、ほとんどの場合、家庭の愛情、すなわち母性・父性・兄弟愛などが欠落しているという状況の中で育ってきている。
よく言われることに、「人は、誰かにされたことしか人にしない」あるいは「子は親の通った道を歩く」といった言葉があるが、カウンセラーとしての経験に照らす限り、これらはほとんど当てはまらないと言ってよい。
親ができなかったことを、子どもが果たしていくという流れは、むしろ非常に自然な流れなのだ。
そのとき、むしろ親たちは、しばしば子に立ちはだかる壁としての役割を果たすことのほうが多い。
何度も述べてきたように、うつの人たちは、性質的に一本筋が通っている。
カウンセラーとして、うつの人たちの家族関係を見ていると、第三者だからこそ分かる構図がある。
高圧的な態度や、筋の通らない論理のすり替えによって、うつの人を抑圧したり混乱させ、劣等感を植えつける家族たちは、
うつの人の真っ直ぐさを恐れているようなところがあるのである。
うつの人の誠実さや歪みのなさを認めるということは、逆に、自分たちの逃げや歪みをも認めてしまうことになるからではないかと思う。
反対に、うつの人たちが、自分の性質が優れていることに気づき、多少なりともそれを喜びにすら感じはじめると、興味深いことに、周囲の論理・体制がガタつきはじめる。
具体的には、うつの人以外の家族同士で諍いが起きたり、仕事がうまくいかず、かつての権力者が権威をなくしたりと、形はさまざまだ。
しかし、うつの人にとっては、むしろこの時が正念場だと言ってよい。
なぜなら、ガタつきはじめた体制ほど、手負いの獣のごとく、より必死になって、うつの人に対する抑圧を強めてこようとするからである。
このとき、「すでに相手は、ガタつきはじめている」と見切ることは、言うまでもなく重要だ。
しかし、その時ですら、うつの人にできることと言えば、多くの場合、ただ真っ直ぐに立っていることだけである。
「ただ真っ直ぐに立つ」とは、自信をもって、背筋を伸ばして立つということではない。
それは、最後の最後に結果としてできることであって、心がけてできることではない。
「ただ真っ直ぐに立つ」とは、うつの人が、すでにずっとやってきたこと、たとえば、可能な限り
「罪のない人に」迷惑をかけない、陥れないということである。
そして、もう一歩踏み込むならば、自分に対する不当なあつかいに、もう従わないということである。
布団に顔をうずめて、ひとり、大声で泣き叫んだ経験のある人は、男性も含むうつの人に多い。
布団に顔をうずめてそれをやるのは、周りに叫び声が聞こえないように、である。
できるだけ周りを巻き込みたくない、という気持ちの表れなのだ。
見た目はくたくた・ボロボロでも、それはやはり真っ直ぐに立っている、ということなのである。最初に、人間集団の構造を分析するには、その始まりを見ることが有効だと述べた。
何とか日本の学校制度を、その始まりから詳細に見てみたいのだが、正確なことを言うためにはあるていど調べる時間が必要なので、これはもう少し先のことになりそうである。
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もう亡くなったが、以前、宜保愛子さんという霊能者がよくテレビに出ておられた。
あるとき彼女が、「地獄というと、みんな血の池だとか針の山だとかを想像するけど、本当の地獄って、ぬかるみの中を、なかなか前に進まないなあと思いながら、延々と重い足取りで歩いていくようなもの」という意味のことを話していた。
私には死後の世界のことは何も分からないが、聞いたとき「なるほどなあ」という気持ちになった。
まあ、地獄というほどではないが、学校批判を書くときの気持ちは、これに近いものがある。
一つの理由は、友人関係やある程度成績がよかったことから、私自身学校でいい目も見てきているからであり、同時に、前々回の記事で述べたように、一部では学校論理の共犯者だったからである。
つまり、学校に対して複雑な愛憎があるのだ。
共犯者という意味では、お代官様と越後屋の関係に、ちょっとだけ似ている。
まさにこれこそ、コンプレックス的な関係だ。
そしてもう一つの理由は、周囲の人々のコンプレックス反応も、また予測できるからである。
みんながそっとしておいて欲しがっているものに、触れているんだなあという実感がある。
自分が、嫌われ者のようにさえ感じられてくる。
これがもっとしんどい。
うつや不登校の人たちがよく見る、ひとつの夢のパターンというものがある。
宜保愛子さんのいう地獄とそっくりの夢だ。
あるところから出ようとするが、クモの巣や藁、瓦礫・ぬかるみ・洪水などに阻まれて、なかなか出られない。
ひどい場合には、その障害物が、自分の身体と一部同化してしまっている。
自分の身体を切り離すわけにいかないから、どうしても振り切ることができない。
また、やっと出られることもあるが、いつの間にか元の場所に戻っていたりもする。
もちろん、これらは家族病理、あるいは農村社会(特に稲作農村)の病理にまつわるものも多いのだが、当然ながら学校のことも大きい。
というよりも、家族・地域・学校のコンプレックスは、ほとんど別個に切り離せない。
これらの障害物を振り払うには、力ずくでは無理だ。
何がどう絡まっているのか、自己の感情と対話しながら、決してあきらめずに見極めていくしかない。
日本社会の学校コンプレックスを、どうしても見極めなければならないと思うのは、私がカウンセラーとして、日常的にうつや不登校の人たちと会っているから、というのが第一の理由ではある。
しかし、理由はそればかりではない。
私自身のためである。
私はうつの経験者である。
その経験を通じて、うつとは、本来自分にうそをつけない人たちが、半ばそれをやってしまったことによって陥った状態である、というひとつの結論を得た。
私はここで、自分に嘘をつくわけにはいかないのである。
この社会的なコンプレックスに目をつぶって、彼らと会うこと自体、嘘になるのである。
そんなことをすれば、自分がどうなってしまうのかを、私は嫌というほど知っているからなのだ。
一見、こんなしんどいことをするほうが、うつになりやすいのではないか、と人は思いがちだ。
まったく逆である。
私は、うつを乗り越えるには覚悟が必要だ、と言うことがあるが、それはこういった意味である。
こぶとり爺さんが、存在自体が非常識な化け物たちの輪の中に飛び出していった覚悟と、同じものである。
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さて、今回も学校についてのことだ。
本来は「うつ」について書くのが目的のブログなのだが、うつの人の増加と学校の矛盾は、切っても切り離せない問題なので、ある程度問題の核心に達するまでは、書き続けるつもりである。
前回の記事では、学校というものに対して批判的なことを書こうとすると、非常に気分が重苦しくなると述べた。
では、なぜそうまでしてそれを書かなければならないと私が思っているのか、それについて触れておきたい。
このことを考えるようになったきっかけは、まず第一に、言うまでもなくカウンセラーとしての経験、つまり不登校や問題行動の子どもたちと数多く出会った中で、何か共通の問題らしきものが見えてきたからである。
もちろん、私も初めの頃は、この子らにはいったいどのような問題があるのだろうかという視点で、クライアントと接していた。
そして、その子らだけを見ていても分からなければ、その家族や親戚の関係、はては地域性や先祖からの流れまでをも見ようとしたのである。
そのように見てみると、一応何がしかの問題はどこかに見つかることはあったが、どうにもすっきりしないものが残る。
さらには、時代が下るにつれて、どう考えても家族関係や本人の性格には何ら問題のない子までが、不登校になるケースが出始めたのである。
また同時に、彼(彼女)らの話を聞いていると、自分にも覚えのあるような学校でのエピソードや感じたことが多く語られたので、私自身が生徒であった頃にもっていた、学校に対する疑問や不信感がざわつき始めた。
私自身、七転八倒しつつも、何とかやり過ごしおえた学校時代だけに、カウンセラーという職業でなければ、その頃感じた理不尽さや怒りを、わざわざ思い出すことはなかったかもしれない。
楽しいこともあるにはあったが、思い出したくない記憶も数限りなくあっただけに、なおのことである。
毎年のように上がり続ける小中学校・高校・大学の不登校率を思い合わせても、もうこれは、子どもたちの問題だけを見ていても、らちがあかないに違いない。
子どもたちの不登校・問題行動に対する見え方が変わりはじめると、私の学校というものに対する不信感・怒りは、もはや各論的ではなく、学校の構造的(本質的)矛盾へと向かうようになった。
うつになってしまった教員たちとのカウンセリングも、この考えに拍車をかけた。
実際、生徒たちの感性や情操教育のことを真剣に考える教師が、うつになったり、教員という仕事自体を見限り、職場を去ってしまうケースは、今や後を絶たないのである。
そもそも、学校とはいったい何なのだろう?
本来、学校とは、「子どもたちが、将来、職業人となった時に必要とされる知識や技能、あるいは社会人としての良識・見識・感性を養うところ」と言うべきではないだろうか。
まずこの時点で、世間の方々に問いたい。
この学校の定義づけに、何か間違いがあるだろうか、と。
まず異論があるとすれば、学歴における成功者が、「ケツの青い考え」だと言うかもしれない。
彼らの感覚としては、学校とは成功のための切符、すなわち学歴を築くための弱肉強食の場という考えがあるからだ。
もちろん、彼らのみならず、世間一般においてもこの感覚は恐ろしく強い。
実際、たとえば臨床心理士という職業の者は、ほぼ例外なく大学院卒、つまり高学歴者ばかりであるせいか、私がこういった話をすると、反論すら思いつかず、目がセキセイインコのようになってしまう人が非常に多い。
まったく凹んでしまう。
彼らも私同様、日常的に不登校や問題行動の子どもたちと会っているのだが……
そのことはさておき、この学校の定義に異論のない人たちのために、話を先に進めよう。まずさし当たっては、この定義と実情とを見比べてみたい。
高校は義務教育ではないが、実情とすれば、社会で生きていくためには、卒業資格が最低限必要だと、世の中の大部分の人が考えている学校である。
その意味で、社会通念的には、ほとんど義務教育だと言ってもよい。
その高校で習う数学を例にあげよう。
高校の数学では、かなり早い段階で「二次関数」というものを習う。
さて、この高校数学としては初歩の二次関数、社会人になってから、必要に迫られて使ったことのある人は、どのくらいいるのだろうか。
理系の研究者か教員、あるいは一部のエンジニアくらいではないだろうか。
推測するに、たぶん千人に一人か二人、いるかいないかではないかと思う。
ということは、千人のうちたった一人か二人の、理系の研究者となる可能性のある生徒のために、全員があそこまで数学の教師にアホあつかいされなければならなかった、ということになるのである。
(「アホォ!!」という言葉を多発したのは、私が習った数学教師だけだったのかもしれないが……)
二次関数以降の高校数学に関しては、言わずもがなである。
問題例の年齢をもっと下げてみよう。
小学校の算数で筆算を習う時、多くの小学校で、定規を使って線を引くよう指導するようだ。
私は小学生の父親なので、宿題をやらされている娘を見ると、計算の合間合間で定規を使わなければならないために、労力が倍近くになってしまっているのが分かる。
筆算とは何なのか?
本来、桁数の多い計算をする時に、ノートやメモの端っこに、シャシャッと書くものである。
定規を使わせる意味が分からない。
私が教える立場なら、定規を使っている生徒を見つけたら、「これは筆算なんだから、なるべく定規なんか使わないようにしなさい」と言う。
定規など使っている暇があったら、早く筆算を覚えてもらいたいからだ。
生徒の労力をいたずらに増やして、いったい誰が得をするというのだろうか。
もちろん、これらは数え上げればきりがないほどの矛盾の、ほんの小さな一、二例だ。
子どもらは、こういった形で、随所で意味のない労力を搾られ、同時に、矛盾に対する反感をも呑み込まされ、ひいては感情と生きる意味を奪われているのである。
不登校になった子どもたちが、直接言葉にすることは少ないが、彼(彼女)らは「もう……無理です……」と消え入るような声でつぶやいている。
筋をねじ曲げてでも人を陥れることのできる者、すなわち誰かをいじめることで自分の苦痛を回避できる者にとっては、無縁なつぶやきである。
学校時代は、大人にとってはすでに通り過ごしてしまったものだ。
もう二度と、そこに戻らねばならない心配はない。
さらには、卒業時に達成感すら感じた人も多いと思う。
そのことが、子どもたちが置かれている現実から、いともあっさりと大人の目をそむけさせてしまっていると、私は思う。
加えて、私が高校を卒業した約30年前と今とでは、子どもたちがこうむっている心理的圧力の大きさが、まったく違う。
教師自体が、教育委員会主導の管理と、モンスターペアレンツの圧力によってがんじがらめにされ、生きた対応ができなくなっているのだ。
今であれば、私などはほぼ間違いなく不登校になっていたと思う。
矛盾をなかったことにして呑み込んでしまえる鈍感さが、「適応能力」という名で評価されるという論理は、そっくりそのまま企業論理へと持ち込まれていく。
つまり、子を持つ親のみならず、すべての大人にとっても、学校における矛盾は他人事ではないのである。
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ここのところ学校について書いているが、はじめにも述べたとおり、これまでに私が個人として、またカウンセラーとして感じてきた学校の不条理について書こうとすると、どうにも気が重くて仕方がない。
また、私ばかりでなく、いただくコメントの内容や周囲の反応も、ただうつについて書いていた時よりも、失礼ながら明らかに歯切れがよくない気がする。
以前に、儒教的な「親孝行」の考え方について批判を書いた時には、ずいぶんと緊張した。
日本人の精神に対して、もっとも根底から影響を与えているであろう倫理観を批判するのだから、周囲から相当な非難を受けることも覚悟していたからである。
ところが、それについてはまったく批判的なコメントはこなかった。
しかし一方で、別の記事で「富国強兵を旗印に、よい兵卒を育てることが目的で始まった教育制度」と、ただ一言書いただけの、本文とはほとんど無関係な言葉に対して、歴史マニアらしき(?)場荒らしの輩から、私ばかりか私のクライアントまで愚弄する、口汚いコメントがあった。
(もちろん、直ちにホストごと閲覧も拒否した。)
話の本筋や歴史の大局を理解する気もなく、自らの名も立場もいっさい明かさず、公明正大であろうとする者、傷ついた者をさらに傷つける下劣な根性に、そのときは一瞬目がくらむほどの怒りをおぼえたが、今になって考えてみれば、これもやはり学校についてのことだったなと思う。
もちろん私を含めてのことだが、これらの反応は、まぎれもなくコンプレックスを刺激された人のさまざまな反応の形である。
これらの反応から察するに、日本人の学校コンプレックスには、実は家族コンプレックス以上に根深い面があるのではないかと思いはじめている。
とりあえず、学校について書いている時の私自身のコンプレックス反応について、やや分析的にとらえてみたい。
たとえば昨日の記事では、歪んだクラス分けが原因でこうむった、自分の中学時代のしんどい体験について述べた。
その時のことを思い出して書いている間じゅう、私は当然ながら怒り続けていたわけだが、同時に、どうもそうした感情だけではない何かが、足を引っ張るようにからみついてくるような感覚をも覚えたのである。
何か、申し訳なさというか、罪悪感のようなもの……。
この罪悪感は、どこからくるのだろうか……?
記事の中で、私は次のように書いた。
「私はただただ、細心の注意を払って、できるだけ学校生活を無難に過ごしたかった。
そのためには、親と教師たちの期待を、ある程度満足させるだけでよかった。
そして、ほんのちょっとだけ楽しければよかった。
その結果、「隠れ対人恐怖」の私が、あろうことか、明るい「優等生」に見えてしまったのだ。」
正直に告白すると、この時点ですでに、「あれ、本当にそうだったかな……?」という考えが、少し頭をかすめていた。
本当に自分は、優等生だと思われたくなかったのだろうか?
本当に、大して目立つこともなく、ただ無難にすごしたかったのだろうか?
担任から評価され、頼りにされることに、プライドをくすぐられたのではなかったのか?
正直言って、どの疑問に対しても否定する自信はない。
いやいや、それどころか、私は確かにもてはやされたかったし、先生に人よりも褒められたかったし、プライドをくすぐられていた。
さらに、いわゆるはっきりとした「いじめ」に対しては、結果的にしろ自分が加担したことにならないよう、「口をつぐむ」ということもできるだけ避け、周りを敵に回してでも何かを発言してきたつもりだったし、実際そのために、自分がいじめられそうになったことは何度もあった。
しかし、すべての場合において、本当にそれができたかどうか、やはり自信はない。
小学校4年だったか、ミニカーを万引きしたクラスメートのことで、担任主導の緊急学級会が開かれたとき、私はほとんど何の疑いもなく、「それはやっちゃいけないことだ」という大勢の側に立ち、一緒になって彼のことを非難し、軽蔑もしたのである。
今考えるとこの学級会には大反対だし、本当に気の毒なことをしたと思うのだが、その時点での私は、まぎれもなく学校側の不条理の共犯者だったわけである。
今では怖気すら覚えるほどの記憶、くる日もくる日も叱られながらやらされた、運動会の行進の練習の時でも、そんなことをさせる学校側に対して疑問は感じていたが、反面、ちゃんと練習をやらない連中の方にもいら立ちを覚えていた。
そしてそれを人よりも早く、うまくできると褒められ、その時私は、確かに喜びを感じていたのである。
もちろん、勉強に関してはそれ以上である。
あえて自己弁護するならば、厳しいしつけを受けていたり、生真面目な子ほど、大人の言うことは正しいはずだという前提に立ちやすい。
私もその一人だったから、教師や親の意にそわなければ、という意識は強かった。
だから、仕方なかったんだと思う反面、そのために、間違いなく誰かを傷つけてきたことを否めないのは、やはり心が鈍く痛むのである。
学校の不条理を批判すればするほど、同時に、そこに乗っかっていた共犯者としての自分をも責めることになる……。
学校に対して批判的な記事を書くことの重苦しさは、こういったあたりからくるのだろうか。
うーん……やはり重苦しい。
昨日などは、急性胃炎をおこした頃の記憶を探るうち、実際に胃痛を覚えたほどだった。
しかし、安西先生ではないが、あきらめたらそこで試合終了だ。
多くのうつや不登校の人たちと会うカウンセラーである以上、また、小学生の子を持つ親である以上、やはり突き抜けていかねば。
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昨日の記事に対して、保育園で仕事をしてらっしゃる方から、あるコメントをいただいた。
記事の内容に対して、決して否定的にならぬよう配慮してくださっていたが、私にとってはかなり鋭い指摘をいただいたように感じている。
その方の勤める保育園では、保育士が頭を悩ませて学年全体のバランスを考え、園児の性格や家庭状況まで考慮して、クラス替えを行なうそうだ。
おそらく、学校で仲のいい生徒を分けてしまうというあり方も、大部分の当事者側からすれば、「全体のバランス」を考えてのこと、という説明がなされるだろうと思う。
考えさせられる。
もしも教員にこう言われてしまえば、反論はかなり難しくなる。(そもそも、妄想的議論だと言われればそれまでだが……)
これはもう、もっと根本的な次元に話を掘り下げて、考えていかざるを得ないだろうと思う。
だがしかし、どう掘り下げればいいのだろうか……
さしあたっては、「理想的なクラス替え」について考えてみるのが妥当だろうか。
…………
いや、困った。
クラス編成のやり方がひどいと書いたものの、ではどのようなやり方が正しいのかと言えば、なかなか単純でいい方法が見つからない……。
とりあえず、自分の体験を書くことにしよう。
実は私は、クラス編成は完全にくじ引き的な方法で行われるものだと、なぜかずっと思い込んでいた。
そして、それだったら友達とクラスを分けられても仕方ないと諦めていただけに、それが教師たちの意図によるものだと知ったことが、何よりもショックだったのである。
私の長い学校生活の中で、かなり目をかけてくれた教師が何人かいたことは確かだが、それでも正直、正しく理解されているとは感じていなかった。
一言でいうならば、私はほぼずっと、あらゆる教師に「優等生」だと思われ続けていたのである。
とんでもないことだ。
私はただただ、細心の注意を払って、できるだけ学校生活を無難に過ごしたかった。
そのためには、親と教師たちの期待を、ある程度満足させるだけでよかった。
そして、ほんのちょっとだけ楽しければよかった。
その結果、「隠れ対人恐怖」の私が、あろうことか、明るい「優等生」に見えてしまったのだ。
そして、何をどう勘違いされたのか、中学のときに、極端におとなしい子らの他には不良だらけのクラスに、一人だけ毛色の違う私がポンと投げ入れられ、おまけに担任から、事あるごとにリーダー的な立場を押し付けられた経験がある。
さらには、親もそれを、半ば自慢にしていた。
私の精神に、かなりの荷重がかかった。
不良系の連中は、隙あらばクラス全体の決まりごとを自分らの有利に運び、気の弱い者に不利を押し付けようとする。
リーダー役の私は、そうならぬよう阻止しなければならないが、その時被害者の気の弱い者が、私を後押しするはずもない。
つまり、私一人だけが暴力的な者に立ち向かっているかのような形となるのである。
たとえあと一人だけでも、私のような立場の者がいれば、状況はまったく違っていたのだが……
いじめられたわけではないが、はっきり言って、毎日が地獄だった。
「それだけ、担任が信頼してくれてるんだ」という大人の言葉も、逆に私を孤独にさせるばかりだった。
かなりひどい急性胃炎になり、1ヶ月以上医者に通った。
他のクラスにいる親友たちが、休み時間に楽しそうにしゃべっているのが、まるで雲の上の世界に見えた。
「俺には運がなかったのだ」
これだけが、自分を納得させる考えだった。
それが、「全体のバランス」を考えて、教員たちが勝手な思い込みで決めたことだったとしたら、感情的にとうてい許せるものではない。
あれほどのしんどさが偶然によるものではなく、他人の意図だったというのだ。
コメントを下さった方の話に一理あることは、頭では理解できるのだが、正直、どうしても感情が受け入れきれない。
あれほど丁寧な言葉に対して、決して反論を書くのが目的ではないのだが……、どうかお許しいただきたい。
むしろ、好意的なコメントだったので、これをお読みの方はご確認いただけるとありがたい。
教師の考える「全体のバランス」とは、いったい何なのだと言いたくなる。
それは、本来、神だけがなすべきことなのではないか、とすら言いたい。
教師が生徒を充分に理解していると考えること自体、どれほどの傲慢であることか。
前回の記事で、教師に対して「はらわたが煮えくり返った」と書いたのは、私自身のことに関して言えば、こういうことなのである。
たまたま快適な学校やクラスばかり経験した人がいるからといって、問題がないということにはならない。
こういうことが起こりうる点に、大きな問題があるのだ。
そして実際に、クラス分けが原因で学校にこれなくなる生徒は多く、結果的に、まじめな人たちが脱落者のレッテルを張られていくのである。
教師たちによる「全体のバランス」を考えての決定の結果が、人の人生を、場合によっては大きく狂わせてしまうのだ。
今という時代であれば、私もほぼ間違いなく不登校になっていただろう。
企業で言うなら、突然の転勤の辞令がこれと同じだ。
長い時間をかけてはぐくんできた人間関係や生活基盤を、ある日突然奪われる妻や子の痛手がどれほどのものであるかなど、企業の上層部の頭の片隅にもない。
彼らもまた、バランスを考えてのことだから仕方ない、と言うに違いない。
まず企業ありき、そして学校ありきなのである。
不登校という結果に対して、何の良心の呵責も感じないばかりか、逆にそういった生徒たちを見下している教員は無数にいるのである。
自分らが何をやったのか、まったく理解していないのだ。
ただ、一言ことわっておくならば、ほんの少数ではあるが、生徒を誠心誠意理解しようとつとめていた教師とも、私は出会っている。
ただ怖いことに、その方々は一様にうつ状態か、もしくはそのように見えた。
それにしても、「教師」や「カウンセラー」という単なる社会的立場の優位性、あるいは年齢上の優位性が、なぜこうも簡単に、人間としての優位性とすりかえられてしまうのだろうか。
何の根拠もない上から目線だとは思わないのだろうか。
「クラス分け」の問題は、どうやらその問題だけを考えていても、正解にはたどり着かないようだ。
次回に続く
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