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2008-11

冬のはじまり 鬱々 - 2008.11.24 Mon

ここのところ、ブログの更新が停滞している。
何かしら、気持ちが非常に言葉になりにくいのである。

季節が冬に切り替わるちょうど今頃、脳内ではセロトニンの分泌量が少なくなり、人の感情や感覚が鈍くなるという説がある。
説の真偽はともかく、うつの人たちにとってはすごく辛い時期であることは確かである。
私の脳や身体もまた、冬ごもりの準備を始めているということなのだろう。

また、前々回の記事、「うつとシャーマニズム」を書いたとき、一種の解放感を覚えたことも、今言葉が出てこないことに少し関係しているかもしれない。
あの記事で書いたことが、現時点での私の一番言いたいことだったように思う。

このブログを立ち上げて以来、私がカウンセラーとしてずっと持ち続けてきた考え、……つまり、うつの病理は、本人の内部よりもむしろ周囲・場のほうにあるということを、ぶつけるように書き綴ってきたのだが、『うつとシャーマニズム』の記事をもって、言いたいことはいったん書き切ったように感じるのである。



ところで今日の昼間、NHKで『プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル 宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日』という番組を放映していた。
『崖の上のポニョ』製作にまつわる宮崎監督の苦悩にからめ、監督自身の生い立ちや表現者として出会った社会的困難について、かなり突っ込んで触れられていた。

以前このブログで、宮崎監督の作品では、必ずといってよいほど、母親という立場の人が何らかの問題を抱えている状況が描かれている、と書いた(記事43『子は親に似る?』)が、番組では、その秘密の一端が言及されていた。

氏の母親は、氏が幼いころ難病にかかり、それから亡くなるまでの数10年はただただ闘病の生活を強いられたため、幼い監督は甘えることができず、むしろ母を安心させるためにいい子を演じ続けなければならなかったそうである。

朝から雨、しかも冬の始まりという、この時期特有の鬱々とした気分にとっては、本当にしっくりとより添ってくれる思いのする番組だった。
また、宮崎作品の持つあの凄みが、どこから来るものなのかについても、ほんの少し見えた気がする。

それを一言で語るのは難しいが、一つ言えることは、宮崎駿という人は、半端じゃなくうつ性格の人なんだな、ということである。
もちろんそれは、「自分にうそがつけない」という意味において。





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心の声を聞く - 2008.11.12 Wed

ユングという人は、無意識からのメッセージ、つまり自らの内なる心の声に耳を傾けることを、とても大切にしていた。
ユング派心理療法における、夢分析やアクティブ・イマジネーションは、いずれも、いろいろな深さの無意識からのメッセージを受け取るための方法である。

しかし、心の声を聞くのに、もっと身近で分かりやすい方法がある。
ただ、簡単なこととはとても言えないが。

それはつまり、自分がついついやってしまうこと、また反対に、頭でやらなきゃと思ってもどうしてもやれないことに、逆に意識を同調させる、というやり方である。

かのフロイトは、無意識が表面化するときの例として、「失錯行為」つまりうっかりミスという現象とりあげている。
彼のあげた例とは、「ある会議の議長をつとめることになった人が、開会宣言せねばならない場面で、いきなり閉会宣言してしまった。彼はもともと、この会議が開催されることに無意識的に抵抗を感じていたのだ。」といった話である。

深層心理学の大前提と言ってよいのだが、自分が本当のところはどう感じているのか、人間は直接認識できないことが多い。
とくに、自己評価の低い人の場合、自らの感情に対しても思考に対しても、また認識の仕方についても否定的なので、その傾向はよりいっそう強まる。
つまり、無意識の発するメッセージを受け止めること対して、抵抗が強いのである。

うつや不登校という症状は、これがもっとも典型的な形で現れたものだと言える。
頭では、会社や学校に行かなくてはならないと思うが、身体、もう少し正確に言うと心の深い部分が抵抗して、それができない。

また、人はよく、いろいろな場面で「気持ちの切り替えが大事だ」と言う。
これも、私を含むうつ性格の人にとって、もっとも苦手なあり方の一つである。

とくに人間関係の場面でのことが多いのだが、何かすっきりとしないことがあると、あの場面ではもっとこうしたほうがよかったんじゃないか、自分のあの言葉が相手を不機嫌にさせたんじゃないか、などと、自分のあら探しが始まると、クヨクヨクヨクヨもう止まらなくなる。
過ぎ去ったことなのに、どうして私は、いつまでもそのことばかり考えてしまうのだろうと、自分が考えすぎてしまうことに対してまで、さらにクヨクヨ考えてしまう。

いちおう私の場合、「かつてはそうだった」と言っておこう。

では私の場合、どうやって「ついつい考えてしまう」状態を脱することができたかというと、「ついつい考えてしまう」のではなく、「ガッツリ考える」ことにしたからである。

ついつい考えてしまうことについて、まず言えることは、頭では考えまいとしても、「心は考えたがっている」ということである。
さらに言うなら、単に考えたがっているだけでなく、置き去りにしてはならない何か、今考えておかなくてはならない何かがそこにあるのだと、潜在意識が訴えているということである。

もちろん、答えのなかなか出ないことについて思考するのは、やはりしんどい。
それに、自分と同じように、そんなことをいつまでも考えている人は、少なくとも幼稚園のころから、周囲を見渡しても一人もいなかった。
だからこそ、早くこんな思考から逃れたいと思い、考えまい考えまいとしてきたのだ。

たとえば、「蟻に感情はあるのかないのか」といったことでも、一旦気になりだすと、お遊戯をしていても、弁当を食べていても、そのことが頭から離れてくれなくなるのである。
弁当を食べ終わるのは、だからいつもビリだった。

そうしたとき、家族から、よく「ボーッとしている」と言われたが、正直納得はできなかった。
それがどれほど辛いことなのか、彼らに分かっていないことは明らかだったからだ。
しかし、納得はできなかったが、劣等感は強かった。
少数派は、少数派であるというだけで、常に劣等感の危険にさらされているのである。

そういった思考を止めるための努力は、やりつくしたつもりである。
それでも、どうしても思考ぐせは治らなかった。
では、どうすればいいのか。

私の中で、答えは出かかっていた。というより、すでに出ていた。
しかし、それを認めることは、楽な人生を諦めることでもあり、なかなか決心がつかなかったのだ。

大学生の頃、あることで知り合いになった年寄りのお坊さんが、私のことをずいぶん可愛がってくれ、卒業式の後、自宅での食事に誘ってくれた。
私は自分の「ついつい考える」という悩みについて話したことはなかったが、食事の途中そのお坊さんは唐突に言った。

「松波さん、君、あんまり思い詰めるなと、周りはみんな言いまっしゃろ。そんなん気にしたらあきません。思い詰めなはれ。」
私は「はあ」とだけ答え、話題はすぐに変わってしまったが、私にとってそのやり取りの意味は小さくなかった。
私の中ですでに出ていた答えを、他人の口から聞かされたのだった。

坊さんから言われたのが直接の理由ではなかったが、私が楽な人生を諦めたのは、その前後だったように思う。
つまり、何かにつけて、「俺はもう、とことんまで考えるしかない」と観念したのである。

結果的に、これは紛れもなく自己解放となった。
クヨクヨ思考というのは、「考えても仕方ないのに……」と思いながら考えている状態だ。
そういった思考は、意味のある結論に達することは少ない。
しかし、覚悟を決めた思考は、きわめて重要な結論を導き出すことが少なくないのである。
たとえばそれが、「生きる意味について」といった、大きな問題であってもだ。

言うまでもなく、逆に、頭では考えようと思っても、どうしても突きつめた思考ができない場合もあるはずだ。
私がここで言いたいのは、「考えるのはいいことだ」ということではなく、自らの無意識の衝動に対して、最終的にはつき従うこと、つまり自らの意志で、主体的に敗北せねばならないことが多々あるということである。


私の最初の夢の記憶は、4歳くらいの時のものだ。
夜なのか、うす暗い森の中で、怪獣(ウルトラマンに出てきたガマクジラに似ていた)が暴れ、木々をなぎ倒している。
その怪獣が迫ってきたので、私は必死に走って逃げるが、「なんだか変だ。これは夢じゃないか」と思う。頬をつねった。……痛くない。やっぱり夢だ。
夢だと分かれば、もう怖れる必要はないはずだ。
私はとっさに、「よし、口の中に飛び込んでやろう」と思い、逃げてきたのと反対方向に走り、自ら怪獣の口の中に飛び込む。
口の中は真の闇だった。しかし、頑張れば目が覚ませるかもしれない。そうすれば、はっきり夢だと分かる。
私は、すべての意識をまぶたに集中し、拳を握って、ガッと目を開いた。
本当に、布団の中で目を覚ました自分がいた。

私はすごく誇らしげな気持ちになり、親に夢のことを話そうとしたが、あまりに気のない返事をされたので、途中で話すのを諦めた。
そのような扱いを受けてはいけない大切な夢であることが、どこかで分かっていたからだと思う。
夢とはいえ、凄まじい恐怖を、生まれて初めて独力で克服したのだから。

この夢の象徴性をあえて解釈するならば、夜の森で暴れる怪獣は、私の無意識そのものであり、その喰らおうとする衝動と強大な力は、私がその無意識の発する欲求に逆らえないことを意味している。
そして私は、その衝動に逆らって不本意のまま喰われるよりも、自らの意志でその衝動を満たしてやる道を選んだということである。
思えば、それから約20年後にたどりついた私の決心は、その時すでに予見されていたと言ってよい。

自らの無意識と良い関係を築き、保つことの大切さ。
それは、動物と信頼関係を築く感覚と、非常によく似ている。
屁理屈が横行する現代社会では、これがすごく難しい。





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うつとシャーマニズム - 2008.11.07 Fri

以前このブログで、私のうつ体験について書いたとき、インディアンのシャーマニズム(呪術的民間信仰)について詳しいある人が、「先生の体験って、シャーマンのイニシエーション(呪術師になるための通過儀礼)そのものですね」と話してくれた。

はっきり言って、かなり嬉しかった。

私自身、シャーマニズムには興味、というよりもぜひとも知っておきたいという思いがあり、何冊か本を読んだりもしていたのだが、はっきりと自分の体験に重ねてみたことはなかった。

しかし、そう言われてみれば、自分ばかりでなく、うつの人のカウンセリングをしていても、自然とシャーマニズムについて話すことが少なくない。
どうやら私の目には、うつの人々とシャーマンとが、重なって見えることが多々あるらしい。

一体なぜそうなるのか、話の流れなどを具体的に思い出し、考えてみた。

ごく簡単にシャーマンについて触れるが、頭の中の記憶と感覚だけで書いていくので、記述がちょっと正確でない部分もあるかもしれない。
興味のある方はご自分で調べていただくということで、お許しいただきたい。

シャーマンは、世界各地、特に古くから続く文化を踏襲している地域において、より多く存在し、日本語では「呪術師」あるいは「巫師(かんなぎ)」と訳される。
多くはトランス状態に入り、神の言葉を伝えるという職能の人々のことである。

日本で代表的なものとしては、巫女があげられるが、現在なお実質的な影響力を持つ人々として知られるのは、沖縄周辺の「ユタ」や青森県の「イタコ」が有名である。

青森県の「イタコ」の場合、視力障害を持つ人などが、その職能を身につけるために厳しい修行を行い、その立場を得る。
しかし、沖縄地方の「ユタ」の場合、一部の例外を除き、それまで一般人として生活していた人が、何らかのきっかけで一種の精神病様状態「カミダーリ(神障り)」に陥り、それを克服する中で、自らの「ユタ」としての能力と天命に目覚めていくという経緯をたどる。

日本のシャーマンが、どのような心理学的プロセスをたどるのかについては、正直詳しくはないのだが、イニシエーションにおいてシャーマンがたどるプロセスについて、井上亮(故人)という心理学者から聞いた話がある。

井上氏は大学に助教授として在任中、海外留学先を決める際、周囲の驚愕をよそに、さっさとアフリカはカメルーンの呪術師のもとに留学することを決め、1年を経て、実際に呪術師の資格を得て帰国した人で、さほど口数は多くないが非常に魅力的な人物であった。
シャーマニズムの心理学については、何冊か書物も著しておられる。

私がまだ大学院に在籍していた頃、伺った話なのだが、シャーマンになるためのプロセスの中では、いくつかの課題を克服せねばならないという。
中でも、特に私の記憶に強く残っているのは、「孤独」と「恐怖」の克服である。
氏自身も、「恐怖」の克服こそがもっとも大きな課題であるとして、通過儀礼の中心に位置づけておられたように思う。

シャーマンの通過儀礼においては、「恐怖」の対象は、単なる観念ではない。
戸のない小屋で、夜一人で睡眠をとることを命じられ、ベッドに横たわっていると、黒豹が小屋の中に入ってくるというのである。
この黒豹は、たしかに実体ではあるが、ある大きな存在の化身らしく、普通に自然の中で生活している生きた黒豹とは違うようだ。

通過儀礼を受ける者は、これから逃げてはならないし、起き上がってもならない。
氏が儀礼を受けていた際も、確かにこの黒豹が、小屋に侵入してきた気配があったということである。

これまで自分が生活していた日常の世界から、未知の異世界へと通路が開かれていくとき、夢や物語の中では、異世界を象徴する存在は、しばしば獰猛な動物的性格を帯びる。

以前、このブログで『こぶとり爺さん』の解釈を試みたことがあったが、爺さんが最初に見た異世界の姿もまた、異形の鬼(妖怪)どもの宴であった。
そして、やはりこの爺さんも、「鬼に食われてもよい、わしは踊るのだ」という形で、恐怖を克服したのである。

ごく普通の人の場合でも、外部からの圧力によって表現することを妨げられた感情は、「怒り」という様相を帯びる。
それは、檻に閉じ込められた、あるいは鎖につながれた獣が、怒りのためにより凶暴になるというイメージに似ている。

異世界も異世界への通路も、潜在的にはとっくに存在していたのだが、ただ人の側にそれを受け入れる準備ができていなかったために、意識の向こう側に閉じ込められていたに過ぎない。

かなり前の放送だが、NHKスペシャル『脳と心』の最終章「無意識と創造性」に、宮古島のユタである、根間ツル子さんという女性が出演しておられた。
今でも、ビデオがオークションで出品されることがあるので、興味のある方にはぜひお勧めしたい。

先に述べたユタの例に漏れず、彼女もまた離婚という節目をきっかけに精神病様状態となり、他のユタのもとを訪れて、「この人はユタになる人だ」と見抜かれたのだという。
都会であれば、「精神病」あるいは「人格障害」で片付けられてしまう状態だ。

根間さんに初めて神がかりが起きた頃、ある一つのことが強く訴えられた。
番組では、当時の神がかり中の根間さんの肉声が放送されていたが、まさに壮絶なまでの叫びであった。
「ああ私が悪かったぁー!…………何としてもこの井戸を、これだけは、これだけは頼みます……!」
と、すでに使われなくなり、埋もれてしまっていたある井戸を再び掘りなおすことに、強く執着したのである。

根間さんは実際にこれを実現し、そしてユタとなった。
万物の根底にある地下水脈、地下世界という異界と、この世とをつなぐ通路。
根間さんの魂、あるいは宮古島の人々や自然の魂にとっては、それがその井戸だったと言えるだろう。
不遜を恐れず言えば、私のアスファルトに対する嫌悪感も、同質のものではないかと感じる。

この場合、「井戸は、単に象徴に過ぎない」と言うことはできない。
心理的に大きな何かを乗り越えるというのは、単に「心の持ちようを変える」というのとは、まったく次元を異にする。
うつという病を乗り越えるにも、まず例外なく、ある現実との実際の闘いなくして、遂げられることはない。
だから根間さんも、実際に井戸を開通させねばならなかったのだ。

万物の根底にある地下世界のイメージによって表現される領域を、ユング心理学では「普遍的無意識」と呼ぶが、ユング自身もまた、当時ヨーロッパを席巻していたフロイト心理学と袂を分かった後、精神病様状態をともなう極度のうつを経験している。

そののち、ユングはこの考えを体系化するに至るのだが、彼もまた、フロイトとの決別という苦難に満ちた過程を経ることで、普遍的無意識に達する井戸を開通させたのだと言える。



うつの人々の特徴は、一言でいうならば、ものごとの本質・本筋・矛盾を見抜く目に、曇りがないことである。
だから、まわりの雰囲気や、慣習や、馴れ合いに流されず、いつも本当のことが見えてしまう。
要するに、非常にシャーマン的なのだ。

前回の記事でも述べたが、こういった人々の割合は、どれほど多く見積もっても1パーセントくらいではないかと、私は考えている。
はっきり言って、特殊と言わざるを得ない。
そして、そこにこそうつの人々の苦悩と劣等感がある。

一般の人々は、自力では大きな存在とは繋がれない。それを導き、繋げてやるのがシャーマンである。
本来の姿のままに自然と人間とが有機的に絡み合い、人間性が生き生きとした文化の中であるならば、シャーマンのような立場となるべき人が、うつになるタイプの人々の中には少なくないのではないかと思うのである。

本来ならば、常に真実を見、正しい言葉を語り、尊敬を集めてこそしかるべき人々が、踏みつけにされ、もがき苦しまねばならない社会。
一体われわれは(というよりも私は)、これをどうすればいいのだろうか。




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職場のうつ-その2 - 2008.11.05 Wed

職場での就労環境や人間関係がもとでうつになった人々の話を聞いていると、立場が下の人から上位の人に物が言いにくいという社内体質が、社員のうつ発症率にかなり大きく影響しているようだ。

経営者が、たとえば、社内から問題提起があった時に、あからさまに嫌な顔をして何も答えなかったり、「そんなことはそちらで何とかしろ」と高圧的な態度をとるのが当たり前になっていると、次の地位に立つ者は、経営者に対して体裁のいいことしか言えなくなる。

こうした上の態度は、必然的に下位の者へと順送りとなり、結果、あらゆる部署で、上司は部下に対し「今、何か問題はあるか?」と尋ねることすらなくなってしまう。
そして結果的には、誰も本当のことが言えなくなってしまうのである。

もちろん、そんなことをしていると部下が困るのは、誰しも頭のどこかでは分かっている。
しかし、部下の問題提起を聞いてしまえば、自分が責任を持って対処しなくてはならないから、部下の苦悩に対して、見えないふり聞こえないふりを決め込むばかりだ。

しかし、営業にしろ製造部門にしろ、実際の現場では、当然ながらちっとも解決される気配のない問題が山積みとなり、もっとも低い立場の管理職か、悪くすると役職のない社員にその責任が集中してしまう。
そこでは、「責任はあるが権限はない」という、まったく奇妙にして悲惨きわまりない状態が生じる。

しかし、もちろん、この「順送りゲーム」は、途中のどこかで止まることもある。
止まる場所は、ほとんどの場合が、ずるいことのできないうつ性格の人のところなのだ。



こういった事態は、経営者の個人的な性格のために起きる場合も少なくないが、とくに、会社の吸収合併や重要なポストにある人物が交代するなど、ある程度大規模な全社的変動のあった前後から生じる場合が多いようである。

大手の得意先などから、天下りのように招かれてやってきた人物が、新しい経営者に就任した場合など、社長には「自社」という思いが薄く、とにもかくにも、自分の定年まで大きな問題さえ起きなければ、それでいいと思っている。
上に挙げたような現場の悲惨な状況は、得てしてこういった会社で多々起き、「社員は使い捨て」といっても過言ではないような体質となる。

こういった企業の体質とうつ発症の関係には、当然ながらある程度気づいてはいたが、ここのところ、逆に非常に良い体質の企業のことをいくつか耳にし、いっそう確信された。

うつを発症して転職した人の話が多いのだが、その人たちが現在生き生きと働いている企業では、私の知る限り、まずもって例外なく「何か問題があれば、すぐに上司に報告する」といった方針が、言葉だけではなく、社長にいたるまで徹底されている
さらには、社員の経験不足などによるミスは責めない、といった点も、特徴として挙げられるだろう。

ただし、こういった企業が社員にあくまでも優しいのかといえば、意外とそうでもない。
社員なりに、懸命に職務を果たそうとした中でのミスには寛容だが、普段から手抜きが目立っていたり、自分のミスを部下のせいにしたりするような卑怯な態度に対しては、むしろ厳しい態度がとられる。
つまり、徹底して合理的な厳しさを持っているのである。

うつ性格の人であれば分かると思うが、たしかにこういった企業では、職務の目的もはっきりと見えるし、成果も正しく評価される。
結果的に、生真面目で論理的に物を考える人が優遇され、得をするようにできているので、うつ性格の人は、かえってのびのびとした気持ちになる。
さらには、社内の風通しがよいので、いじめも起こりにくいし、「お局」などの輩が巾をきかすこともない。

数はごく少なくとも、こういった企業が世の中に存在することは、カウンセラーとしても心からほっとするし、最大限の賛辞を送りたい。
ただ、いまだ大企業については、こういったいい話は耳にしたことがない。



これまで幾度となく述べてきたように、うつを発症しカウンセリングを受けに来られる人々には、矛盾に対して敏感で、ずるいことがしたくてもできない人たちが非常に多い。
しかし、私のこれまでの人生の中で出会ってきたあらゆる人間関係を思い起こしてみても、そこまで生真面目でずるいことのできない人たちの割合は、多く見積もっても1パーセントくらいではないかと思っている。

それが世間一般での、徹底的に生真面目な性格の人々の割合だとすれば、そういったよい体質の企業であっても、生来そういう生真面目な性格の人は、それほど多くはないはずだ。
だが、そういったよい体質の中にあっては、みなが真面目で、他人の痛みが理解できる人々になるのである。

これは、場の性質しだいで、ずるくも生真面目にも、どちらにでもなりうる人々の数が多い、ということなのではないかと思う。
場の体質の重要性というものを、あらためて感じさせられる。





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感情 - 2008.11.03 Mon

私は小学校の低学年の頃、家のすぐ横の道路脇で、蟻たちの活動を眺めるのが好きだった。

雨が降れば一匹も姿は見えなくなるのに、雨が上がって少し地面が乾いてくれば、蟻たちはたちまち巣穴から這い出し、生き生きと活動を始める。
巣穴には水が流れ込んでいるはずなのに、蟻たちは溺れないのだろうか、その間はどうしているのだろうか、といったことが不思議で、ある時、何10匹もの蟻をバケツの水の中に入れ、死んでいくのを眺めていたことがある。

こんなに小さな蟻でも、死んでいく時には、あらん限りの力でもがく。
死に抵抗する生き物を殺めたことに罪悪感を覚え、その日は家族と目を合わせることすらはばかられたが、その必死の様をもっと見たいという衝動に抗しきれず、しばらくの間、蟻殺しに熱中してしまった。

踏み潰すということは、あまりしなかった。一番たくさんやったのは、水に浸けることと、天気のいい日に虫眼鏡で焼き殺すことだった。
おそらく、死にゆく時にもがく様が、よく見れるからだったのではないかと思う。
蟻たちは、仲間に異変が起きていることが分かると、とにかく大慌てで巣穴に戻ろうとし、捕まえられると激しく抵抗し、もがいた。

殺している当の本人が言うのは変だが、それを見るのは辛くもあった。
辛かったが、自分はこれを見なければならないという気持ちが働き、かえってその行為をやめることも、目を逸らすこともできなかったのである。

今では、ある程度高度な生物には感情がある、というのは当たり前の考えになっているが、当時は、「感情をもつのは人間だけで、だからこそ万物の霊長なのだ」ということがよく言われていた。
しかし、私自身の手で殺されていく蟻たちのもがき方を見て、蟻にすら感情はあるように見えて仕方なかった。
蟻たちは、まちがいなく「死にたくない」と感じているようにしか思えなかったのである。

何かしら生き物の本質を垣間見たように感じ、自分が汚れてしまったようにも、ひとつ大人になったようにも感じられた。


また、高学年になった時、理科の時間に、校庭の池の水を汲んできて顕微鏡で見る、という実習があった。
私は、汲まれた池の水の中に、長さが1ミリほどの線虫を発見し、水滴ごとそれをプレパラートに載せ、カバーガラスをかけて顕微鏡で覗いた。

わずかな拡大率で、線虫の細胞の一つ一つまでがはっきりと見えたが、線虫はプレパラートとカバーガラスの間で押しつぶされ、その薄い表皮の一部は破裂していた。
破裂したところからは、線虫の細胞がこぼれ撒き散らされていたが、驚いたことにその線虫は、やはりもがいているではないか。

さすがに単純な生物であるため、全身で痛みを感じている風ではなかったが、破裂した部分を中心に、線虫は「いやいや」をするように、激しく身をくねらせていたのである。
軽いショックを覚えた。

正直言うと、その前後の夏休みには、田舎のいとこの家の近所でかなりの数の昆虫やカエルを、いろいろなやり方で解体したり殺していたから(鳥や哺乳類、つまり毛の生えた動物だけはどんなに小さくても殺せなかった)、小動物の死にはもう慣れっこになっているはずだったのだが。

生物の、危機に瀕した際のこういった反応は、本当に、あくまでも種の保存・個体保存の本能による反応にすぎず、感情とは言えないのだろうか。

私は低学年の頃に見た、蟻の死に対する抵抗を思い出し、また自分自身が突然何者かに捕らえられ、命を奪われそうになる場面と、そのときの気持ちを想像した。
ゴジラに踏み潰されまいと、逃げ惑う人間たちの映像も思い出した。

少なくとも私の想像の中で、それらの死に対して抵抗する姿は、本質的に同じものだった。

そうしたことを考えるうち、小さな生物にも感情はあるのかないのかよりも、「そもそも感情とは何なのか」という問題に、私の思考は移行していった。
「それは本能であって、感情ではない」と言い張るのならば、感情というものについても、完全な説明がなされねばならないからだ。

たとえば人間にとって、かなり高度な感情だと思われる「愛」についても、それが家族愛にしろ恋愛感情にしろ人類全体に対する博愛にしろ、種の保存本能の延長ということで、説明がついてしまうのではないか。

当時の私にとって、それはかなりスリリングな考えだった。
背徳、禁断の思考をしてしまったのではないか、という恐れのためである。
しかし、思考は止まらなかった。
結論として、やはり私は、今日にいたるまで、それらは本質的に区別できないものだと考えている。

蟻たちは、私の怪獣的な行動に出会うと、かわいそうな仲間を残してみな姿を消したが、しばらくするとまた巣穴から出てきて、死んだ仲間の死骸を、何事もなかったように巣穴に運び入れていた。
タンパク源となったのであろう。

ヒューマニズムの立場からすれば、冷淡とも言うべき行動である。
しかし、人間はそのような行動をとっていないと、本当に断言できるのだろうか。
ある企業の、自殺者が続出している部署の上司が、日曜ごとにゴルフに興じているというケースも、決して珍しいわけではないのだ。

一方、うちで飼っている金魚の一匹が死んだとき、それから何週間もの間、ずっと一緒に育ってきた仲間の金魚たちに、明らかに元気がなかった。
不健康というほどではなかったが、餌の量までが減った。
死んでいた朝などは、生き残った一匹はパニックを起こしたのか、鼻先に大きな痣までこしらえていた。

見ている人間が、自分の感情を投影しているに過ぎない、という人もいるだろう。
しかし、彼らを毎日見つづけてきた者としては、明らかにその雰囲気の異様さが分かる。
彼らは、「悲しみ」という言葉を持たないだけで、やはり「悲しい」のではないかと思うのである。
それどころか、「喪に服す」という文化的儀礼の本質まで、見る気がするのである。

人間は、人間自身が考えている以上にずっと、他の生き物と本質的に変わりはないと思う。
そしてもう一つの結論は、老人であれ社会人であれ子どもであれ、そして金魚であれ、ものごとの意味に敏感な者と鈍感な者がいる、ということである。




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kohocounsel

Author:kohocounsel
大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

なお、皆様のお考えにつきましては、できるだけ読者全員の方々とも分かち合いたいと思いますので、基本的に、コメントは公開設定にてよろしくお願いいたします。

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