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2010-01

近況 - 2010.01.28 Thu

近況……といっても、最近特に変わったことがあったわけではないのだが、ブログの更新もずっと滞ったままなので、さしあたって、ここのところ感じていることや考えていることなどを書いておきたい。

まず、ブログがなかなか更新できないことについてだが、以前ある時期に感じていたような、「言葉が出づらい」という風な感じではない。
そんな時は、心のエネルギーが内向し表に出てきてくれない感覚で、ある程度もどかしさも感じるのだが、現在のはちょっと違う。
今は何もかもが不確定すぎて、何かこれといったことを口にすると、うそ臭くなってしまうような気がする、だからとりあえず様子を見ているしかない……、と、そんな感じだ。

停滞感の強くなりがちな時季ということもあるが、それ以上に、世界経済や失業率も、政局も、政府外交も、はたまた大相撲も、どちらを見ても方向性が極端に定まっていない状態ということもあってか、何か固唾を呑むような気分になってしまうのである。

クライアントの方々の様子を見ていてもそうした感が強く、またほとんどの方が、個人的にも何かしら過渡的な状態にあることを感じさせられる。



一方、私の問題意識にも、ある程度の過渡的な状態が生じている。

少し具体的に言うと、これまでは、ブログでも綴ってきたように、日本人の家族や集団が一般的にどういった傾向をもち、その中でどのようなメカニズムでうつが発症するのかということを中心に、分析的に考えてきた。
だが、ここしばらくは、その次の問題について考えを向けていることが多い。

つまり、うつのメカニズムがある程度はっきりと見えてきたとして、では真面目で誠実な「うつ性格」の人々が、そのような中でいかに自分を見失わず、かつ不当な扱いを回避していくか、あるいは逆に場をコントロールしていくことができるのか。
当然、そうしたことが問題となってくる。

家族や社会集団の中で、自分がいかに不当な扱いを受けてきたかが分かったところで、その状況を改善する方法がまったく分からないのでは、場合によるとかえって辛いばかりだ。
また、見えるようになったところで、よけいに辛さが増してしまうようであれば、結局心理や状況の分析自体も滞ってしまうことになるのである。
せっかく一度は分析が進みそうになりながら、「おかしいのは周囲ではなくて、やっぱり私の方がダメなんです」という元の考えに逃避してしまう人が少なくないのは、そうしたことも一つの原因になっているようだ。

もちろん、周囲の矛盾と自らの正常性を徹底して見抜くことで、自分に自信がもてるようになり、それが堂々とした振る舞いにつながることによって、おのずと人間関係が改善される面は小さくない。
小さくはないが、やはりそれだけでは足りないというのが、カウンセラーとしての実感である。

まったく、おしなべて人間関係というものは、うつ性格の人にとっては困難かつ危険極まりないものなのだ。
少し気を許すと、あるいは許さなくとも、たちまち正直者が馬鹿を見てしまう事態が生じる可能性は、絶えずうつ性格の人々を取り巻いているのである。


ところが、こうした、うつの人が生き抜く方法論を考えようとすると、どうしても思考が途絶してしまいがちで、その先が始まらない。
今のところ、なぜそういった思考が止まってしまうのか、まずはその理由を考えているところだ。

あるいは、そもそもの発想の時点で何かが間違っているからかもしれないし、考える機が熟していないということなのかもしれない。
ともあれ、何か新しい考えが生じたら、すぐにも報告したいと思う。


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阪神淡路大震災から15年 - 2010.01.17 Sun

あれからもう15年である。
私は直接の被災者ではないので、震災から15年を経た今日の感慨を述べるにも、少しはばかられるのだが、震災が起きたのは、私の人生の中でも非常に意味深い時期でのことだった。

私がそれまでの職場を去り、いよいよ臨床心理の世界に飛び込もうとしたのが1994年の3月。
震災があったのは大学院浪人の最中であり、しかも私が受験することになっていたのは、被害の大きかった地域にある甲南大学大学院(神戸市東灘区)だった。
前に私の不眠時代のことを記事で書いたが、私にとってはそれが始まって1年以内のことであり、夢見は常に最悪で、大地震や大洪水の夢をしょっちゅう見ている中で起きた、現実の大地震だったのである。

実を言うと、私は震災の2ヶ月前、すなわち1994年の11月まで、JR芦屋駅のすぐ近くに住んでいた。
聴講という形ですでに大学に通っていたので、もちろん通学の利便からである。
住んでいた隣にあった巨大なマンションは全壊で(『くすのき―』というマンション名だったと思う)、その画像や映像はテレビや新聞でしばしば流されていた。

私がその時期に引っ越した理由は、実は私自身にも分からない。
人生で何度か引越しは経験しているが、その引越しばかりはまったく理由らしきものが見当たらない。
「とにかく、何が何でも今引っ越さなくてはならない」という衝動的な気持ちに駆られてのことだった。
当時この引越しのことは周囲に説明ができず、精神的に追い詰められている状況でもあったので、周囲どころか私自身でさえ、「頭がおかしくなったのではないか」と疑ったほどである。

たまたま被災をまぬがれたことは、多くの被災者たちの心情を思うときに、当然ながら手柄にはしたくない。
だが、時間がいくらあっても足りなかった状況を考えると、もしもあの時被災していたら、私は受験の準備をやりおおせていたのだろうかと思う。

引っ越した先、つまり震災が起きたときに住んでいたのは、新大阪駅の近くだった。
当時は不眠だったので、午前5時台というと眠りについたばかりだったが、ひどい揺れと、大きく振れた照明器具が天井に立て続けにぶつかる「ガン ガン」という音で目覚めた瞬間、どういうわけか「大阪でこんなに揺れてるんだから、東京はとっくに壊滅だ。日本はどうなるんだろう」と思った。
数時間停電が続いたが、電池式の携帯ラジオで、どこで何が起きたのかを知った。

たまたま被災を免れた負い目もあったのかもしれない。
真っ先に考えたことは、とにかく原付の後ろに積めるだけの食べ物を積んで、被災地に走ることだった。
まだ停電から回復しない、薄暗いコンビニの店内で、少しでも日持ちのするものを中心に買いあさり、ダンボールを2段積みにして原付の荷台に乗せ、闇雲に被災地へと走った。
街の光景は今さら言うまでもなく悲惨で、途中何度も地割れを踏み越えていかねばならなかった。
その日は2往復し、翌日と翌々日もそれぞれ1回ずつ物資を運んだ。

被災者の気分が荒れていることも頭をよぎったが、現地に行ってみると、震災の直後であるにもかかわらず、すでに復興の兆候が見られた。
みな、家族のみならず見知らぬ同士でも、互いに身惜しみなく助け合い、とにかく今やれることをやろうとしていた。
すでに崩壊している「ご近所」社会が、復活したかのようにも思えた。
これは少し後になってからだが、むしろ生き生きとしているようにすら見える人々の姿から、みんな、弱者を見捨て、周囲との親密なコミュニケーションを断絶させている日常世界に、実は飽き飽きしていたんだな、とさえ思った。

また、数日間のうちには、明らかに被災者当人ではない人々の、復興に向けて立ち働く姿が多く見られた。
自ら志願したボランティアの人々である。
そこで見たものは、自然災害の悲惨さよりもむしろ、いとおしむべき人間の本性と、どんな悲惨な状況からでも復興はありうるのだという「体感」であったように思う。

当時、大災害の夢にばかり悩まされていた私だったが、やがて街が災害から復興していく夢を、時々見るようになっていった。
今から思うと、あの時に自分の目でじかに見た人々の姿が、私の心の復興の手助けとなってくれたのかもしれない。

おりしも震災から15年の節目の今、世界経済や日本の政治情勢は、われわれの生活と気分を陰鬱とさせており、また奇しくもハイチでは大地震が未曾有の被害をもたらし、20万人もの死者を出している。
世界規模で、人々の不安がピークに達せんとしているのである。
これが、何らかの再生の序章であることを心から願い、そのために自分に何ができるかを、私なりにたゆまず考えていきたい。

合掌。


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あっっ !! ……お詫びいたします - 2010.01.09 Sat

昨年10月、HPのサイト内でスタッフブログ「幸朋 日々のつぶやき」を立ち上げましたが、作業中、どうやらやってはいけない操作をやってしまったようで、いくつかの記事が見れなくなってしまいました。
何とか記事内容のテキストデータだけは保護できたのですが、折角いただいたコメントのデータは保護できなかったようです。
そちらにコメントを下さった皆様、まことに申し訳ございません。

もともと自サイト内でのブログの管理はなかなかに難しく、素人の私には荷が重すぎたようですので、レンタルブログサイト(FC2以外になると思います)に移転を考えております。

そうなると、手作りブログからの移転ですので、完了までにはある程度時間がかかると思います。
しばしお待ちくださいませ。

この「「うつ」-自分にうそがつけない人たち」のほうはそのまま変わらずに続けますので、今後ともよろしくお願いいたします。




幸朋カウンセリングルーム

松波

明けましておめでとうございます - 2010.01.05 Tue

新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
本年、第一発目の記事でございます。
<いつもの文体に戻します。>


よく、「寅年は荒れる」というが、世の中の経済状況然り、政界の状況然り、はたまた年明けの天候然り、いかにも今年は荒れそうな材料がそこかしこにあふれている。
丑年の昨年もまた荒れに荒れたわけだが、考えてみれば昨年と今年は「艮(うしとら)」の年で、やはり鬼門ということなのだろうか。
これを方角で言うならば北東。真北が完全な安定を意味するとすれば、その安定が崩れ始める方角、キリスト教世界で言うならば、13番目の方角ということになるのだろう。

だが、艮(うしとら)・鬼門とは、本来単に不吉を意味する方角ではない。
それはサイクルの節目であり、時代が新しいステージを迎えるために、物事がいろいろと組み替えられる時期という意味も含まれているのである。
そうした意味で、今年が意義深い年であることを願うばかりである。

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プロフィール

Author:kohocounsel
大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

なお、皆様のお考えにつきましては、できるだけ読者全員の方々とも分かち合いたいと思いますので、基本的に、コメントは公開設定にてよろしくお願いいたします。

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本サイトの内容を権利者に無断で複製・改変することは、固く禁止いたします。

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