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2010-03

愛子様のこと - 2010.03.11 Thu

皇太子のご令嬢が、不安を訴えて不登校になっておられたとのことである。
騒ぎ立てることは本意ではないが、やはり大切なことなので触れておきたい。

ニュース記事によると、一部の男子児童の乱暴な振る舞いが、ひとつの原因だったらしい。
子どもたちの社会性の低下という問題が背後に潜在しているのか、あるいはクラスメートのADHD(注意欠陥多動性障害)などの発達上の問題が絡んでいるのか、今のところ実態ははっきりしない。
愛子様やご家族の辛さもさることながら、男児の家族もまた、おそらく身のすくむ思いですごしていることだろう。
学習院および周囲の対応、また風評が、単なる悪者探しや「心の弱さ」という漠然とした精神論に終わることがないよう願いたい。

いずれにせよ、母親雅子様のうつおよび適応障害に続き、ご令嬢もまた、不登校という全社会的問題を体現されたことになる。
もちろん、大変お気の毒な状況ではあるものの、このことが、うつや不登校、および学校そのものに対する社会の意識が変容するきっかけとなるならば、不幸中の幸いともなるのだが、はたしてどうなるのだろうか。


このブログで繰り返し書いてきたことだが、多くの場合、うつの原因は「生真面目すぎる」ことや「気が優しすぎる」ことや「感受性が強すぎること」ではない。
それらは本来人間の美徳である。
だが、それにもかかわらず、そうした性質を持っていることが、かえって弱点とならざるを得ない、社会の潜在的システム、暗黙の常識にこそ歪みのあることを指摘したい。

もっと具体的に言うならば、本来、指導者的立場には向いていない性格の人物が、自動的に人の上に立つことになってしまうシステムに問題があるのである。
過去の高度経済成長期と、団塊世代を中心とする過当競争の負の遺産なのだと思うが、厚顔無恥であること、欲しい物を手に入れることに対して際限なく無節操であることは、はっきりとは言わないまでも、長らく社会人として必要な要素とされてきた。
そして実際に、そうした競争に勝ち抜いた者たちが、社会的地位の上位の大部分を占めるにいたってしまったのだ。

経済領域しかり、政治領域しかり、学術領域しかりである。
臨床心理士の領域もまた、もちろん例外ではない(ちょっと違うのは、芸能界ぐらいかもしれない)。

こうしたありようは、ついに『鈍感力』(渡辺淳一)といった考えにまで昇華されるにいたった。
本屋でところどころ立ち読みしただけだが、正直反吐が出そうになった。

いわく、強くなるためには鈍感になれという。
愚かこの上ない考えだ。
鈍感な者は、何の努力も必要とせずに鈍感であり、敏感な者は、どれほど血の涙を流しても鈍感にはなれない。
まずもってこの当たり前のことが、微塵も理解されていない。
また、鈍感であることは、本当の意味の強さでも何でもないことが、まったく斟酌されていない。

鈍感者が優越するシステム、価値観においては、「人が生きる意味」を真剣に考えようとすると、「弱い奴」「世間知らず」などと馬鹿にされてしまう。
うつや不登校の多くは、そうした非人間的な社会システムに対する、無意識的なボイコット、無抵抗の不服従である。
今は弱者の脱力にしか見えない、この消極的な動きが、やがて社会を動かす大きな流れを生み出すこと。
微力ながら、私はそのためにカウンセラーをやっているようなものである。


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ここのところの変化 - 2010.03.05 Fri

ここ1ヶ月……というよりも、今年になってからというもの、ほとんどまともに記事を更新していない。
この1月以来、人を捉える感覚に大きな変化の生じていることが、おおむねその原因だと思う。
変化のスピードが速すぎて、何かを言葉で表現してみても、し終わるや否やすでにその言葉が古くなってしまっている気がして、どうしても不全感が残るのである。

なので、ここしばらくは言葉による表現をあきらめざるを得なかったのだが、それにしても放ったらかしにもほどがあるという状態なので、何とかようやく手をつけることにした。


身体面での変化も大きい。
一昨年の春、野口整体に通いはじめた頃、数ヶ月に渡ってすごい臭いの汗が出たことがあったが、やはり今年に入ってから、そのとき以上に強烈な臭いを放つ汗が出ている。
もちろん加齢臭もあるだろうが……、酸っぱい臭いというよりも、「酢」そのものに腐った脂をブレンドしたような……(やってみたことがないので、それがどんな臭いなのか知らないが)。

おかげで、カウンセリング面接が1つ終わるたびに、制汗スプレーときれいのミストを全身に振りかけなければならなかった。

で、それがようやく少し静まってきたかなと思ったら、今度はひどい風邪を引いてしまった。先週金曜のことである。
だんだんとひどくなってきたので、ついに昨日は面談をすべて休んだが、医者に行ったところインフルエンザではないそうなので、少し安堵した。

体調不良でカウンセリングを休んだことは、ここ数年では記憶にないし、カウンセラー人生全体を通じてもほんの数回だったのだが。
そもそも、私はカウンセラーになって以来、緊張からか、ほとんどまったくと言ってよいほど風邪というものを引いたことがなかったのである。

今回の風邪は、下痢もあるが、とくに咳がひどいらしい。
喉や気管、腸の粘膜全体から、凄まじい勢いで毒素が噴き出しているような、何だかそんな気がしている。
とにかく、身体面においても心理面においても、ものすごいスピードで何かが変わりつつあることは確かである。


さて、はじめに書いた、人を捉えるありようの変化なのだが、今のところそれを言葉で表現するのがまだ難しい。
それでも、少し無理をしてでも敢えて言うならば、人それぞれの性格の違いというか、境い目が、これまでとは明らかに違った次元で妙にくっきりと感じられるのである。
たとえば、自分と考え方や感覚の違いが大きな人々などは、まるで「別種の生き物」のように感じられてしまうのだ。

ご承知のように、このブログの記事のいくつかにおいては、かなり攻撃的な表現を用いることがあった。
それは、カウンセリング場面で、うつの人々が周囲からこうむってきた理不尽な扱いの数々を聞き、自分の体験ともあいまって覚えた「怒り」がそうさせたと言ってよい。
だが、ここにきて、そもそも別の生き物なんだから……と、何となく腹を立て辛くなっているのである。

「うつ」とは、まずもって怒れなくなることなので、「あれれ、うつに入ったのかな」とも考えたが、どうもそうではない。
ものの見方の厳しさ自体は、おそらく前以上に厳しくなっている気もする。

同時に、たとえば街中で散歩中のペットの犬などを見ていても、やはりそれぞれの性格の違いがいやにくっきりと感じられるようになった。
で、妙な話なのだが、場合によると人間以上に自分に性格の近い犬がいたりして、「ああ、この犬とはきっと分かり合えるだろうな」といった感覚が生じることもある。
もちろん、反対に「ああ、こいつ(犬)とは気が合わんな」というのもある。

生物学的な種の違いよりも、性格の違いのほうがよりくっきりと感じられる……
この奇妙な感覚が、現在もまだ変容の最中なのである。

うーん……、この状態を抜け出ると次にどんな世界が見えてくるのか、かなり楽しみである。


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プロフィール

Author:kohocounsel
大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

なお、皆様のお考えにつきましては、できるだけ読者全員の方々とも分かち合いたいと思いますので、基本的に、コメントは公開設定にてよろしくお願いいたします。

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