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2010-07

マスコミのセンセーショナリズム - 2010.07.16 Fri

Yahooニュースを見ていたら、次のような記事が出ていた。

『患者の金歯売って裏金20年…S県の総合病院』
7月16日10時54分配信 読売新聞

「S県立総合病院の歯科口腔(こうくう)外科が1989~2009年の20年間にわたり、患者から回収した金歯などの義歯を業者に売って得た代金など計158万1904円を個人名義の口座にプールし、県監査委員が今年3月、「不適切」などと指摘していたことが15日、わかった。

 プールした金は医学書やパソコンソフトなどの購入に使われ、私的使用はなかったという。

……後略」


最近のニュースの傾向として、「それってダメなの?」と疑問を感じるものが多いが、この記事などは典型的だ。

同記事をよく読めば、業者に売られた金歯などは、きちんと患者の承諾を得て回収したものだし、その代金も私用目的には一切使われていないという。
つまり、恣意的な取り決めというものさえなければ、一般的には何ら罪悪とみなされない行為なのである。

ジャーナリストが知識人を標榜するのならば、いい加減こうした雰囲気判断はやめるべきである。

もちろん、それぞれの団体には団体なりの申し合わせがあっても、しかるべきではある。
だから、団体内部で「今後こういうことはしないように」という叱責があっても、それはある程度仕方ないだろう。

ただ、この場合、それを扱うマスコミの態度がひどい。
団体内部および監査団体の専門的な判断を、「患者の金歯を売る」「裏金」といったネガティブな言葉を弄し、さも人としてあるまじき罪悪であるかのように印象付けているのである。

マスコミの横暴を糾弾、反発するよりも、「意見聞く時ゃ頭を下げろ。下げりゃ意見が上を越す。」
とやってしまう日本人的体質にも問題がある。

この都都逸(どどいつ)の意味は、本来「とりあえず謝っておけ。許してさえもらえば、また好きなようにやればいい。」ということなのだろうが(これにも問題はあるが)、昨今はそうはいかない。
上層部は、さらに叩かれるのが厄介なもんだから、あっさりと謝り(誰に謝っているのか、たいてい分からないが)、外部にアピールするためにマニュアルを増やし、下を縛り、締め付けるのである。
つまり、「しわ寄せは下へ、下へ」だ。

マニュアルが増え、現場の雰囲気が硬くなると、スムーズなコミュニケーションが行なわれなくなり、それはそれで事故などが起きやすい温床となる。
で、事故が起きれば起きたで、当然また叩かれる。

末端のスタッフがマニュアルに縛られ、つまらないことで叱られながらも、懸命に真面目に勤めようとすると、その人はうつになってしまう。

こういった状況が、少しでも上層部の頭で想像できるならば、そう簡単に頭など下げられないはずである。
想像力、あるいは類推する能力が欠如しているとしか言えない。


この悪循環は、いったいどこまで続くのか。
マスコミの自浄能力に期待するのは、もはや不可能とみなすべきではないのだろうか。


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脱!マニュアル依存社会 - 2010.07.05 Mon

労働基準法は本来労働者を守るためにあるものだが、それがかえって労働者の首を絞めている実態が、ややこしい社会問題となっている。

多くの企業が、一方では経費削減、一方では労基法に抵触しないためにサービス残業をも抑止せねばならず、「残業は許さない。しかしこれまでと同じだけの仕事をしろ。」という、ありえない指示をサラリーマンに出しているのだ。
つまり、どれほど今日のうちに片付けておきたい仕事があろうとも、定時が来れば仕事場から追い出されるようにして、自宅へと強制送還される。
それでいて、期限までにできていなければ叱責されるのである。

で、どうしても残業せざるを得ない場合は、「見なかったことにする」と言わんばかりの素っ気無い上司の態度に、肩身の狭い思いでやらなくてはならない……
こういった体験の持ち主も少なくないはずだ。
どこからどう考えても、理不尽極まりないことだ。
(逆に、早く帰ろうと努力する者を尻目に、ダラダラと残業しまくる輩もいるそうだが。)

言うまでもなく、もともとはサービス残業の強要が社会問題となり、それを制限することが目的で法整備が進んだのだが、労働者にとってはそれが図らずも諸刃の剣だった、ということである。

今のところ統計が出ているわけではないが、カウンセリングの現場の実感からすると、このことは、サービス残業の強要と並んで、かなりサラリーマンのうつ病増加に拍車をかけているようである。

企業の上層部も、ほんの少し考えれば、そんな無茶なことが実現できる訳がないことは分かるはずなのだが、経費削減という命題と労基法との板ばさみになった時点で、自らは現実逃避し、矛盾を末端の現場に押し付けてしまったとしか考えられない。

もちろん、そのことによって、作業の効率と合理性をアップさせる必要が出てきたことについては、いい面もあるようには見える。
しかし、多くの実態としては、作業効率のアップを、すべてマニュアル化することによって得ようとするものだから、現場をますます融通の利かない状態に追い込んでいるようだ。



私の実家は、もともと、数人の住み込み職人とともに木材加工業を営む、小さな町工場だった。
1階が工場、2階と3階がわれわれ家族と職人たちの生活空間である。

大きな仕事が入ったときには、父も職人も深夜まで夜なべして納期に間に合わせていたのだが、そのような時は、子どもである私ですらどことなく緊張していて、母や祖母が夜食を作る手伝いをしたくてたまらなかった(うちは男性に食事の支度をさせない家風だったので、叶わなかったが)。

喉が渇けばいくらでも茶があり、腹が減ればすぐそばに握り飯があり、仕事が終わった後で飲むビールと肴があり、熱い風呂がありと、職人たちが少しでも物足りなさを感じないよう、彼女たちが万全を期していることが、子どもの目にも分かったのである。

もちろん、その仕事が終わった後の達成感も、ほんの少しながら分け与えてもらった。
子どもが足を踏み入れてはいけない世界のように感じていたので、じかにその場にはいなかったが、モーターの音が止んでしばらくすると、1階の工場から皆の大きな笑い声が聞こえてくる。
仕事を終え、ビールを酌み交わしているのである。
それを聞いて、こちらまでがほっとして肩の力が抜けたものである。
(いかん、懐かしすぎてちょっと泣きそうになってきた……)

子どもだったからよくは分からないが、まずほとんどサービス残業だっただろう。
ひょっとすると、当時の町工場などでは、残業手当という観念すらなかったんじゃないだろうか。
ともあれ、こうしたことから「働くということは、喜びを伴うものだ」ということを、子どもの私は学んだように思う。



いまだ一部の零細企業などでは、こうした仕事場の雰囲気を、ある程度残してはいるだろう。

もちろん、非人間的なサービス残業の強要を、容認するつもりはない。
また、マニュアルそのものを、すべて否定するわけでもない。

しかし、残業を根こそぎ禁止するということは、細かく言えば、そういった達成感を伴う労働まで禁止してしまった面もあるのではないかと思う。
極言すれば、それは「働く喜び」の否定ですらある。

要は「中身の問題・程度の問題」であり、非人間的な残業と、労働者自らの責任感と達成感のための残業とを、一緒くたにしてどうするんだ! と、私は言いたいのである。
取り決め・マニュアルというものにおいては、これらは一緒くたにされるしかない。
つまり、マニュアルには限界があることを、まず知るべきだと思う。


次回へ続く(続かないかも……)


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大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

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