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2017-07

『特徴的発達者』という呼称の提案 - 2017.07.10 Mon

ツイッターで連ツイートしたものに、多少筆を加えてこちらでもアップしようと思います。

いわゆる発達障害の人のことを、障害者と呼ぶことにどうしても抵抗がある。
その抵抗は、障害の文字を「障碍」と書き換えたくらいじゃ何ら変わらない。
で、むしろ『特徴的発達者』と呼ぶべきなんじゃないかと。

昨今の発達障害に関する知見を知り、カウンセリングを通じて彼らのありように触れれば触れるほど、その類まれな能力の高さに驚かされると同時に、歴史上偉大な業績を残した人たちで、発達障害じゃなかった人たちなんかいなかったんじゃないかと思う。

どう考えても、いわゆる発達障害者の人たちの心理的・行動的特徴は、そのありようが少数派であるというに過ぎない。
そもそも、知能指数などをみる発達検査も、普通、すなわち「多数派」であることだけが数値決定の基準なのだし。
偉大な業績を残す人たちが能力的に少数派なのは、言わずもがなである。

人の心のエネルギーには一定の限界があるのだから、何かの能力が突出するならば、どうしても能力の低い部分は出てくることになる。
その様式・構造を障害すなわち異常と決めつけることは、どうしても腑に落ちない。

彼らが障害者として急速にクローズアップされるようになった実質的な理由は、彼らの行動・思考・感覚の様式が、彼ら自身や周囲に対して困った問題を引き起こしがちになってきたからである。
それはむしろ、彼らのありようを抱え、その能力を役立てることができなくなった社会構造の悪化の方の問題なのである。

さらに言うと、軽度の能力の偏りであれば、本来は乳幼児期からの多様な人間関係を経験することによって、充分に補われるはずなのだが、こうした成長のプロセスも社会構造の悪化のために機能しなくなっている。
だが、あらゆる専門家の知見を紐解いても、いまだ社会構造の悪化と発達障害とを結びつけようとする動きは見られない。

そういった意味で、やはり『特徴的発達者』と呼ぶのが現時点では一番しっくりくる。
もっといい呼び方は出てくるかもしれないけれど。

1年半ぶりにブログ再開 - 2017.07.03 Mon

お久しぶりです。
なんと1年半ぶりのブログ更新である。

一昨年2015年の2月、それまでの臨床を通じて得た気づきから構築された考えのエッセンスを、充分とはいえないものの、出版という形で一気に文字にして吐き出した。
そのあととくに虚脱感に襲われたというわけでもなかったし、新たな気づきがまったくなかったわけでもないのだが、正直、考えを文字にしようとしても何かしら変わりばえしないような気がして、あまり記事を書く気になれないでいた。

このブログと『うつの心理と性格』でつづってきたことは、おもにうつや適応障害になりやすい人々自身や、彼らをうつに追いやってしまう周囲の人々の性格や思考・行動パターンの分析であり、ひいてはうつという症状がどのように引き起こされれるかという心理学的・社会学的メカニズムの解明だった。
カウンセリング場面においても、また著書に対するAmazonユーザーのコメントを読んでも、ありがたいことにその分析に対しては非常に納得がいく、あるいはすっきりしたというご意見をいただくことが多い。

しかし、ブログでもたびたび触れているように、その次の段階のことが避けられない問題として浮かび上がってくる。
つまり、いかにうつから抜け出すのか、もっと具体的に言うと、周囲の頑迷な人々とのかかわりの中でいかに現実と対峙し、いかに自身の存在意義を感じ喜びのある人生を営んでいくかという、うつの人が生きる方法論の問題である。

この、うつ性格の人が生き抜く方法論についての何かしら有効な考えがまとまってこない限り、いたずらに新しい記事を書くことに抵抗があったのは事実である。
そしてその要請は、日増しに強くなっていることを臨床の現場で感じる。
つまり、自分にうそをつけない人たちが、うそをつかなくては生き残っていけない社会の風潮は、時を追うごとに強くなっているという意味である。



自分にうそをつけない人たちが、どうすれば自分を騙せるようになるのか。
これは、多くのいわゆる能力開発セミナーや他の一部の心理療法が第一義とする目標なのだが、彼らがこれを目指すと、結局劣等感ばかりが大きくなっていくことになる。
それは、やはりどうしたって彼らは、自分にうそがつけないからだ。

それはほとんど、鉄がスポンジになれないのと同じほどのことである。
ならば、鉄として生まれたのならば、鉄として生きるしかないということが大前提であり、鉄が生き抜くすべを学ばなければならない。
つまり、スポンジが生き抜くすべは彼らにとって何の役にも立たないのだから、早々に放棄して顧みないことである。
必然的に、その生きざまはかなりユニークなものとなるだろう。

性格的に稀少な人々は、普通なんて目指しちゃいけない。
ブログを実質的に休止していた間に私に起こった、最もはっきりとした変化は、この思いがますます強くなったことである。


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Author:kohocounsel
大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

なお、皆様のお考えにつきましては、できるだけ読者全員の方々とも分かち合いたいと思いますので、基本的に、コメントは公開設定にてよろしくお願いいたします。

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