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2017-03

緊張! ファンサイト - 2010.05.09 Sun

前にご紹介したように、4月29日、ある知り合い同士のクライアントの方々お2人が、幸朋カウンセリングルームのファンサイトを立ち上げてくださった。

管理者の方々はじめ、クライアントのみなさんは、どなたもかなり恐る恐る書き込みをしておられるようだ。
正直、私も緊張して毎日何度も見てしまう。
といっても、「自分はあまり積極的に関わってはならない」という頭があって、内容はあまり詳しく読まないのだが。

それぞれ緊張するのも無理はない。
文字だけで書き手のタイプ・キャラクターを判断するのは、当然ながらまず不可能だし、さまざまな場面で、幾度となく傷ついた体験をしてきておられる方々ばかりなので、さらにここで傷つかれるようなことがあると、かなり厳しい状態になってしまうからだ。

それでも私がこの試みを重要だと思うのは、世間全般で見て、うつに陥るタイプの人々の多くがかなり稀な人々であり、人生の中でも、話の通じる人と出会う機会が非常に少ないからである。

どう希少なのかというと、本質的に彼らは、少しでも矛盾のある言動を、強いることも強いられることもできないという点でである。
矛盾に敏感であるということは、彼らが情緒的に繊細であるばかりでなく、論理的であることをも意味する。
もちろん彼らの大部分は、どこかでそのことを感じていることはあっても、ほぼ無自覚である。それどころか、少数派であることのために、ひどい劣等感にさいなまれてきているのが普通だ。

鋭い直観の持ち主も、きわめて多い。
自然、記憶というものにあまり頼らない性質でもあるために、概してポカミスをよくやる人が多いことは否めないが。(ちなみに、私のポカミスの多さも半端ではない。)

私の感じる限り、過食症の人の性格傾向がうつ性格にもっとも近いが、過食症の人の場合、過食という行動化によって部分的に感情を切り離している面もあり、社会適応の状況はある程度よいようである。

うつ性格の人のこうした内向的な能力の高さは、今日数多いカウンセラーという職業の人々の平均を、問題にならないほど高く上回っている。
つまり、うつ性格の人の内面がカウンセラーによって理解されないということは、頻繁に起きているということになる。

少なくとも幼稚園の頃から、私は「話が通じない」ということを、家族をはじめあらゆる場所で、嫌というほど繰り返し体験してきた。
もちろん、比較的通じる人もいるにはいたが、論理的な詰めの部分で、どうしてもある程度の妥協に甘んじねばならない。
必然的に、人との付き合いはどうしても浅く表面的になる。
本心で納得のいかない態度は、時として頑なに見えたであろうから、いじめに発展しかかることも少なくなかったが、大めし喰らいのお笑い芸人的キャラクターで、かろうじて凌いだものである。

「理屈ではそうかもしれないが、常識から言って……」というのが、おおむね周囲がとる最終的なスタンスだった。
ならば、なぜその「常識」を疑う立場に立とうとしないのか、それが私には理解できなかったのである。
単なる話の上で、「常識」が「論理」に優先されるのは一向にかまわないが、そのために正直者が馬鹿を見ることには、どうしても耐えられなかった。

カウンセラーという職業を目指して大学院に入ったとき、自分と同質の人とある程度出会えるのではないかと仄かに期待したが、出会ったのはたった1人の後輩(現在の家内)だけで、それなりに失望は深かった。

だが、その期待は思わぬ場所で叶えられた。
カウンセリングの面接室の中。
他ならぬその場所だったのである。

最初は偶然だと思った。
だがそれは違っていた。
私が小さい頃から周囲に対して感じ続けてきたことを、まるで私の代弁者であるかのように、クライアントの方々はそのまま言葉にする。

「私が彼らを理解した」と言うのは、おこがましい気さえする。
私にとっては、私の言葉を理解する人々との出会いだったのである。

私は、そのような人々がこの世に多く存在することを知り、希望を感じて、それをクライアントの方々にも伝えた。
伝えられたクライアントの多くは、一瞬明るい表情を見せるものの、すぐに寂しげな表情に戻る。
その寂しげな表情は、「どの道、私はそのような人たちと出会えない。期待すればもっと辛い」と語っていた。

私は、「自分だけ、ずるいのではないか」と、次第に強く思うようになった。

カウンセリングルームのクライアントがコミュニティを形成すること自体、業界においては、決して「常識的」なことではない。
だが、孤独感の強いクライアントの方々と連続で面談したとき、「今、あなたが座っているその椅子に、もしも出会えば一生の友となるかもしれない人が、ついさっきまで座っていたのだ」という思いにしばしば駆られるうちに、私は、私自身が貴重な出会いを妨げている壁のようにさえ感じることが多くなった。

「常識」は絶えずうつろう。
ましてや、近代カウンセリング自体、その歴史はたったの100年そこそこ、その常識というのも、さほど多くの経験知に裏付けられているわけではない。
こういった思いを抱えながら、頼りない常識に縛られるのはあまりに馬鹿げている。

だが、こちらが主導でそれをやるとなると、どうしても場に強すぎる中心ができてしまう。
学会の懇話会などで嫌というほど目にした、権威者とその取り巻きという、あのおぞましい構造が頭をよぎる。

それぞれのサル山で、少しでも自分の順位を上げようとするためのへつらい。
権威者がウケ狙いで言った言葉に対し、ちっとも面白くないのに絶妙のタイミングで一斉に笑う、あの雰囲気(「おもしろないやん」とよく小声で突っ込んだものだ)。

無節操にそれができればできるほど、覚えめでたく取り立てられ、臨床心理士であれば共著や共同発表を依頼されたりする。
そして、それが一切できない者は業界の隅っこでふてくされるか、威光を傘に着、自我肥大を起こした連中の我がもの顔に、ビクビクしていなければならない。
そうした構造が、間接的にカウンセリングにどういった影響を与えてしまうのか、それを省みる他のカウンセラーと、私は妻以外に一人として出会ったことがない。

私が臨床心理士をやめた、一つの大きな理由でもある。
興味がないばかりではなく、嫌悪感があまりに強すぎたのだ。

あれと同質の雰囲気だけは、何がどうあっても避けたい。
そもそも、そんなことになれば、多くのクライアントの方々は、もうその場にいないはずだ。
もともと、そうした場に「適応」できなかった「まともな」人たちなのだから。

とにかくそのためには、強すぎる中心があってはならない。
そうした中で、まったく同じことを頭に描いてくれたクライアントの方が、今回ファンサイトを、我々主導ではない形で立ち上げてくださったわけである。


反面、一般の読者が疎外感を覚える雰囲気になりはしないか、また、何かしら思想的に偏った集団であるかのような印象を与えることになりはしないか、ということは気になる。
また一方、クライアントの方々が、発言することを義務のように感じはしないだろうか、という可能性にも少し不安を覚える。

ともあれ、こればかりはやってみなくては分からない、というところだ。


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大阪市西区にて、夫婦で幸朋カウンセリングルームを運営しております、松波幸雄と申します。

このブログでは、「うつ」と診断される方々の本質的な真っ直ぐさと、ではなぜ彼らが発症しなくてはならなかったかについて、おもに家族病理・社会病理の観点からお伝えしていきます。

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